salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

そらのうみをみていたら。

2011-05-20
イラストレーター 平野こうじさん
「painting & me」<前編>

「ふりだし」とは、物事のはじまり。人生というすごろくでコマを進めて行くと、「ふりだしに戻る」こともある。「死」がゴールであるならば、先を急ぐことより、「ふりだしに戻る」ことがあってもいいんじゃないか…(自分に向けた慰めでもある)。
この連載では聞き手・魚見幸代のご縁のある人々に登場いただき、人生すごろくのエピソードをうかがいます。

今回お話をうかがったのは、イラストレーター平野こうじさん。私が編集プロダクションに入ったばかりの頃、先輩編集者の方と仕事をされていてお会いした。平野さんの手にかかると、葉っぱや木々、花、海、などの自然のもの、かばんや家具、野菜なども、いつも自分が見ている物や景色が、実はこんなに雄弁に語っているのかと驚いた。自分の中にことばにならずにあった温かいものやドキッとしたことなどが、浮き出てくるような感じもあった。

いつか一緒にお仕事をしたいと思った。そして担当した情報誌の表紙を描いていただけることになり、たくさんの作品と出会えた。

ちょうどこの連載「ふりだし」を始めようと思ったときに、平野さんから個展の案内が届いた。久しぶりに平野さんの絵を見て、お会いしたばかりの頃の「この方となんかやってみたい!」ただ、その気持ちに素直に突っ走っていたことを思い出した。平野さんに会いにいこう。

再会の場所は平野さんが日課としているサーフィンのポイント。
まだ少し風が冷たかったが初夏の太陽が気持ちいい。

「今回の個展の作品は今まで描いていたことを振り返るように描いています。そういう気持ちになったのは40歳を過ぎたあたりから。保険会社の人にプランを組み直してもらったりすると、あと何年生きて、子どもが何歳になるとこうで、がん保険も入れなくなったりといった話をされるんです。残りもう半分だなって、自分が死んじゃう想像がリアルになってきたんですよね。そう思うと、たくさん描いておかないとって。」

最近は「仕事で描いているもの」という枠が出来てしまっていたという。なにげなく思い浮かぶ風景や日々の経験を描いていない…。感じたときに、描いておきたい、描いておかなくてはと思った。

「ここ数年、仕事がデジタル化して、原画が存在しなくなってきちゃったんです。パーツとして3枚ぐらいの絵をデジタルで分解してつくったほうが、形もキレイで色の調整もできるし、印刷物になっても発色がよくていいんだけど、一枚の絵としては残らない。それもさみしいなと。」

平野さんはフリーのイラストレーターになる前はデザイン会社に務めていた。辞めたばかりの頃は仕事になる、ならないは関係なく、ただ描きたかったから描いていた時期がある。どんなスタイルになるかわからないまま描いていたが、結局、それでよかったのかなと最近思っているという。

「わかりやすいものはつまらないと思っていたんです。以前は、対象物に対してちょっとひねってみたり、左手で描いてみたり、変わったことをしたいってずっと思っていて…。でももういいやって。楽しかったら楽しく描いたり、不安な気持ちになったら、そのまま。素直な描き方をしてみようかなと。」

残念ながらもう終了してしまったのだけど、5/18まで表参道のHBギャラリーで開催されていた個展に行ってきた。正面に、愛犬・タロウくんと散歩でいくという公園の作品があった。

子どもの頃、友達と路地で夢中になって遊んでいると、日が落ちて、「また明日な〜」って家に入る。特別な風景も、特別な出来事も、寂しさもない。季節ごとに咲く花や、やってくる鳥や空の色が違うだけ。

平野さんが話していた「わかりやすい」とは違うかもしれないが、私は作品を見て、子どもの頃遊んだ感覚が思い出された。
大人になって「楽しい」ことを体験すると、どっかに、ほんのちょっぴりだけ後ろめたさのような、そういう気持ちがある。でも、子どものころには、そんなもの、カケラもなかった。
もうきっと、寂しさのカケラもないような時間を過ごすことはないんだなと思う。大人の時間は、だから、愛おしい。

1枚、他の作品とは違う印象のものがあった。東日本大震災の後に描き上がったそうだ。はじめは沖縄のキレイな海に浮かぶハイビスカスに、いい波がやってきて数人しか入っていない絶好のポイント。そんなイメージで描いていたけれどしっくりこなくてそのままにしておいた。震災で衝撃的なシーンを見ているうちに、ハイビスカスが赤十字のように、夕日が電球のように、島が揺れている地震のようになって、自分でもわからないうちに描いてしまったという。

初夏らしい色合い…。けれども、その向こう側に伝えたい気持ちがある。

「昔描いていたように描いてみようと思っても、同じじゃないですよね。気づかないうちに、絶対、力はついている」

波と風の音の中で、ゆっくりと穏やかに語る平野さんのことばに、ドキッとした。

後編へ続きます。

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魚見幸代
魚見幸代

うおみ・ゆきよ/編集者。愛媛県出身。神奈川県在住。大阪府立大学卒業後、実家の料理屋『季節料理 魚吉』を手伝い、その後渡豪し、ダイビングインストラクターに。帰国後、バイトを経て編集プロダクションへ。1999年独立し有限会社スカイブルー設立。数年前よりハワイ文化に興味をもち、ロミロミやフラを学ぶ。『漁師の食卓』(ポプラ社)

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