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イシコの歩行旅行、歩考旅行、歩行旅考、歩考旅考

2011-12-11
「その街で同じ店に通う訳」

旅行の間、全食全て違う場所で食事したいと思う人は多い。普段の生活でも可能な限り、同じ店には行かないという友人がいる。人生80年とすると、ざっと29200日、食事回数は一日3回として87600回しかない。これを多いと感じるか少ないと感じるかは個人差があるが、彼は少ないと感じているようだった。そこで、できる限り、外食する店を毎回、丁寧に選び、一食一食を大事にしていこうと思うようになったという。僕もその影響を受け、世界の街を散歩するようになってから最初のうちはできる限り違う店に通うようにしていた。

しかし、徐々に僕なりの店に通うスタイルができあがってきた。同じ店に何度も通うことが多くなってきたのである。たいてい一週間、同じ街に滞在しているとどこか一軒の店には、3回以上通う。馴染みの飲食店ができると気持ち的に楽になるからである。三回行ったくらいでは馴染みとは言わないまでも、店の対応は明らかに変わってくる。外国人があまり来ないような地元の飲食店であれば特にである。外国人の僕が三回も通えば、たいてい店の人は顔を覚えてくれる。覚えてくれれば、怪しい外国人もしくは一見の観光客というレッテルから脱却し、店を気にいってくれたお客として迎え入れてくれることが多い。

マレーシアのコタバルで通っていた薬膳料理屋の主人は、最初、無愛想だったが、二回目の支払いの際、サンキューと言い、三回目では笑顔を見せた。ミャンマーのヤンゴンで通っていたカフェの若者は、最初、普通の観光客に対する扱いと同じだったが、二回目で話しかけてくるようになり、三回目では座った途端、笑顔で「ミャンマービア」を出してきてくれた。タイのノーンカーイで通った食堂のおばさん達は最初、タイ語しか話せないのでびくびくしていたが、二回目では手書きで書いてもらったであろう英語のメニューのメモを見せてくるようになり、三回目からは僕が好きなソムタイ(青いパパイヤで作られた激辛サラダ)を多めにつけてくれるようになった。

もちろん自分が美味しいと思う店に通うのが一番いいが、僕の場合、味よりも店や店員の雰囲気が気に入った場所に通う。思い返すと家族経営の店にそういった好きな雰囲気の店が多い。そして英語が通じず、母国語しか話せない店の方が一回目に訪れたときと二回目に訪れたときでは態度が急激に変わる。母国語で、
「あの人、また、来たよ」
と言って笑っているのがわかる。

別の店で食べる記憶も大切にしたいが、同じ店で徐々にできあがっていく空気感を味わいながらの食事も大切にしたい。今、散歩している街のうち、二度と訪れることがない街も多いが、もし、再び訪れることがあれば、きっと、通った店にも立ち寄るだろう。こうして、どんなガイドブックにも載っていない自分だけの馴染みの店が世界に増えていくことは幸せなことだと思っている。

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ishiko
ishiko

イシコ。1968年岐阜県生まれ。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、2002年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行って話題になる。また、一ヵ月90食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。岐阜の生家の除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギプロジェクト発足。ヤギマニアになりつつある。

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