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イシコの歩行旅行、歩考旅行、歩行旅考、歩考旅考

2011-12-4
「朽ち果てるお墓を見ながら思うこと(パクセー/ラオス)」

父が亡くなってから30年近く経ったある日、実家の墓に花を供えていると、墓石に父の名前が彫られていないことに今さらながらに気がついた。盆も彼岸も正月も墓に参りにいくのに母も姉も僕も誰一人、気づくものがいなかった。熱心な仏教徒とは決して言えないが、一応、生家にいる時は仏壇に毎日、手を合わせ、時には浄土真宗の経も読み、法事も行っている。お世話になっている住職は墓石に名前が彫られていなくても特に問題はないと言ったが、気づいてしまったら彫ってもらわないと何となく気になって仕方がない。墓に行く度に気になるのも嫌である。タウンページで近所の墓石屋を探し、二人の名前を彫ってもらった。

それがきっかけで様々な墓について考えるようになった。エジプトのピラミッド、日本の古墳など知識として知っていた事柄を改めて墓として認識した。モンゴルの鳥葬や、インドのようにガンジス川に流してしまうなど墓を持たない地域もある。墓があるとしても国の文化は出る。ミャンマーのパガンのように一面、パゴダ(仏塔)が並び、死後の世界のような地域もあれば、アルゼンチンのブエノスアイレスのように墓がまるで個性的な家が建ち並ぶ住宅街に見える場所もある。

パクセーで寺院に入ったが、足が吸い寄せられたのは建物の脇に建つ墓だった。キラキラした塔のように立派な墓である。ラオスは国民の60パーセントが小乗仏教なのだそうだ。仏塔には様々な色の飾りが施され、墓の壁に亡くなった人の遺影もしくは似顔絵がはめ込まれている。子孫が繁栄しているところの墓は磨かれ、花も飾られているが、子孫が途絶えたであろう墓は崩れかけ、朽ち果てている。ミャンマーのパガンでも倒れそうなパゴダはあったし、ブエノスアイレスで見た墓の中にも何十年も空き家のような荒れた墓も見かけた。僕はこういった墓を見る度に人ごとではない気がして手を合わせることにしている。

本家の跡取りである僕には子供がいない。実姉にも子供はいない。つまりこのままでいくと石原家(僕の本名)は僕の代で消滅することになる。家に残っている家系図によれば、500年程、続いた家なので親戚は騒ぐかもしれない。でも、僕は自然の流れでいいと思っている。地球の歴史からすれば500年などたいしたことではない。

現在、石原家の墓は三つあり、僕が現世を去る前に後処理だけはしておくつもりである。と思っていたが、最近、海外で様々な墓を見かけると無縁仏のようになって朽ち果てていく墓も悪くないなぁと思う気持ちも出てきた。僕のような旅人がそっと手を合わせてくれたら、それはそれで幸せなご縁なのではないだろうか。ただ、僕の生家のある岐阜の田舎の墓に旅人が来る可能性があるかどうか。それはまた別の話である。

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ishiko
ishiko

イシコ。1968年岐阜県生まれ。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、2002年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行って話題になる。また、一ヵ月90食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。岐阜の生家の除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギプロジェクト発足。ヤギマニアになりつつある。

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