salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

イシコの歩行旅行、歩考旅行、歩行旅考、歩考旅考

2011-07-3
「優しくなれる島(モウラミャイン/ミャンマー)」

モウラミャインを流れるタルンウィン川にぽつんと浮かんだ島がある。島の名をガウンセー島という。王朝時代、王様の洗髪の儀式があり、その際に使われた水が、この島の泉から採られたことからシャンプーアイランドとも呼ばれている。

島には渡し舟でしか行けない。ガウンセー島の対岸まで散歩がてら行ってみると舟が二艘停まり、その近くのバラック小屋のような休憩所に老若男女のミャンマー人が涼んでいた。その中に渡し舟の船頭さんがいるだろう。カメラを首からぶら下げている僕はどう見ても観光客で、すぐに誰かが僕に気づき、一人が立ち上がった。僕が島を指すと
「オーケー!」
とうなずいた。値段は往復千チャット(約百円)。相変わらず大雨の後のように濁ったタンルウィン川を舟は渡り始め、ものの五分で島の船着場に到着する。

島に降り立つと住んでいるのか、ただ単に遊びに来ているだけなのかわからないが、赤のTシャツを着た子供と黄のTシャツを着た子供が僕の近くに寄ってきて、サンダルを脱げと身振りで言っている。この島は上陸したら土足禁止。ミャンマーの寺は土足禁止であることを考えると、ガウンセー島全体が寺の島なのである。

裸足になった僕は子供達に案内されるように一緒に島を探検するように歩く。道を歩くことはほとんどなく、島の中は、ほぼ寺になっているので、たいていタイル張りの上を歩くことが多い。感覚的にはプールサイドを延々、歩いているような感覚である。そうは言っても、野ざらしなわけであっという間に足の裏は真っ黒になる。しかし、気になるのは最初だけで後は裸足で島を歩いている楽しさの方が大きくなる。

途中、子供の一人が仏陀の聖髪が納められているパヤー(仏塔)だというようなことを片言の英語と身振りで教えてくれた。最初は二人だった子供がいつのまにか五,六人に膨れあがっていた。彼らは案内するルートも案内する場所も決まっているようで、「はい。カメラで撮って!」と僕にカメラのアングルまで指示した。きっと最後にガイド代をせびられるんだろうなぁ

と何気なくポケットに細かい紙幣があることを手探りで確認した。
しばらくして大人が一人、走ってやってきた。帰りの船が出発するから急げと言っているようだった。子供たちみんなで僕の身体を押した。押されながら、一緒に走り、船に僕を乗せる。
「あっ?ガイド代」
とつぶやいたが船着場から彼らは笑顔で手を振っていた。少なくともお金を取り損ねたという顔ではなかった。彼らはお金の為に案内したんじゃなかったのである。どこかでせびられることばかり考え、子供が増えていくのをうっとうしく思っていた自分が急に恥ずかしくなった。結局、彼らが何者なのかわからないまま舟は、この島を離れた。どこかで温かい気持ちになり、この島に住んだらこんな自分でも少しは優しい人間になれるかもしれない。そう思いながら、僕も彼らが見えなくなるまで手を振り続けた。

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1件のコメント

良い話ですね。
アジアの街では、子供達が、キラキラした目の輝きを放ちながら、「ワンダラー」って 叫ぶ。
それが、アジア 仕方ない 貧困が悪い 色々と考えさせられますが、
この島はそうじゃない。??
佛教の教えなのか、先人達からの習慣なのか?
本来のアジアの子供達なんでしょうね。
私も、ロングステイを決め込み、いろんな人達と語り合い
同化する自分を楽しみたいです。

by コピン - 2011/07/05 12:39 PM

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ishiko
ishiko

イシコ。1968年岐阜県生まれ。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、2002年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行って話題になる。また、一ヵ月90食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。岐阜の生家の除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギプロジェクト発足。ヤギマニアになりつつある。

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