salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2010-10-12
町中の眼遊詩人 ~前編~

目がおかしくなった。

朝、いつもどおり顔を洗い、身支度を整え、さあ出かけようとしたところ、何だか目がかゆい。いや、かゆいというよりも、チクチクというかゴロゴロというか、何かが眼球に付着している感じなのだ。
まつ毛でもはさまったのかと思い、鏡の前で可能な限り思いっきりマブタを広げて確認したが、見えるのは赤い毛細血管の様子だけである。
こういう場合、大抵はマブタと眼球の間に取れたまつ毛がぴったりと張り付き、しぶとく取り除こうとする指の追っ手からスルスルと身をかわして、上や下に逃げ込むといった、まつ毛対人差し指の追跡劇が繰り広げられるものなのだが、それらしきものは全く見当たらない。
結局時間もないので、放っておけば涙で自然に流れその内取れるだろうと、そのままにしておいた。

しかし、そこから半日たっても一向に異物感が無くならず、むしろ、かゆさを通りこえ、痛さがかなりハッキリと主張をしだしたのである。
マブタを閉じるたびに、チクチク、ゴロゴロ、ツンツン、そして終いにはヒリヒリとしみる感じもしてきた。一日中絶えず小さな痛みが続くのは、結構な苦痛である。(例は悪いが、大きなビンタを一発食らうのと、一日中絶えず体をつねられるのは、ストレスは後者の方が溜まりそうである。まあ、どっちも嫌ですが)
今まで生きてきて、殆ど目にトラブルを抱えたことが無かっただけに(例外はインド旅行の帰りに砂嵐にあい結膜炎になったこと。でもこれは避けられない事故と見なす)、原因不明の事態に少なからず動揺したのである。

とにかく昔から目だけは丈夫で、小学校から大人になるまで視力検査では必ず2.0を勝ち取って来た(唯一の肉体組織で人に誇れるところ)。もし、検査表に2.0以上の数値があれば、もっといっていたかもしれない。
30代になってから一度1.5まで視力が落ち、さすがに年齢には勝てないと思っていたのだが、なぜか昨年の会社の健康診断でまさかの2.0に復活していた。
自分でも非常に驚いたが(前日に食べたブルーベリーキャンディーの威力?)、この体にまだそんな力があるなら、もっと肌質向上や髪の毛のツヤUPに力を使って欲しいとも思う。まあ、こればかりは自分では決められないのだろうが、それにしても2.0への復活は、日々物忘れが激しくなりつつなる中、自分の肉体及び脳に対して「まだまだイケる!」的希望を感じ、ちょっとした元気と希望をもらえた気になった。
目の良さと言えば、中学時代にこんな出来事があった。

当時、ソニーのウォークマンが新製品として売り出され、大変な人気だった。
私も、どうしても欲しくなり、お年玉をはたいてなんとか最新モデルを手に入れ、友人と共に張り切って町に遊びに出かけた。
自慢げにヘッドフォン(当時はイヤーフォンではない)をつけながら地元の町を歩き、友人と交代で音楽を聞きあったり、無理やり二人で片方の耳にひとつづつヘッドフォンをつけたりしながら、駅前のロータリーとショッピングモールを繋ぐ大きな歩道橋を歩いていた。
端から端まで50メートルほどもある、その長い歩道橋を殆ど渡り終えそうになったとき、ふと見ると、ウォークマンのヘッドフォンについているはずのスポンジカバーが片方だけなくなっている。黒くて丸い、直径3~4cm位のはめ込み式のカバーだ。

「あれっ?ない~!スポンジカバーが片方無い~!(汗)」
「えぇっ?ほんとだ。なんで?どっかで落としたのかな?」

今ならそこまで大騒ぎせず、さっさと諦めてしまうと思うのだが、当時はまだ子供で、初めてに近い自費で買った高額電化製品でもあり、スポンジカバーとはいえ、片方さえ無くなるのはどうしても嫌だった。
友人もその気持ちを分かってくれ、ふたりで必死に探し始めた。友人は自分が一緒にヘッドフォンを使っていたこともあり責任を感じたのか、私以上に「絶対見つける!」と息巻いた。
そして友人は、手首に巻いていた100円ゴムで自慢の長い髪をバサバサっと束ねたかと思うと、まるで一万円札を探すかのような勢いで、歩道橋の地面や備え付けられたベンチの下などを探し始めた。
しかも、彼女は重度の近視で、ただでさえ物を見るときに顔の間近まで物を寄せて見るのだが、もういまや地面から世界一美味しいチョコレートの香りがしてくるかのように、腰を135度位にまげ鼻先をつきつけ、顔を左右に揺らしながら、歩道橋の上をゆっくりと動いていく。まるで人間掃除機のような格好だ。

さすがに、そんな状態の友人を5分も見ていると、もう諦めの気持ちと申し訳ない気持ちがむくむくと湧き上がり、「もういいよ、なくても使えるし」と言おうとした。
が、そのとき、ふと今自分たちが歩いてきた歩道橋の方を振り返った私の眼に、何かが見えた。
約50メートル先の地面、先程ふたりで歩いた歩道橋の始まりのあたりに、黒い点が見える。それは、歩道の端っこで、雨よけの溝が掘られた上によくかかっている、細かい穴の開いたステンレスのカバー板の上に、ほんの少し地面から飛び出た小さな黒い点だった。

「も、もしかして・・・アレかも・・・(汗)」
「えっ?どれ?どこ?」

遠く、遥か向こうをクラーク博士のように指さす私に、友人は絶句した。

「マ、マジで?マジで見えてるの?」
「多分・・・」

私自身も半信半疑だったが、心のどこかで間違いないという変な確信があった。
急いで歩道橋を戻り、その黒い点を確認しに行った。誰もそんなものを拾うわけはないのだが、それでも誰かに捕られたら大変と、最後は小走りから全力疾走で走った。

「あったーっ!やっぱりコレだぁ~!良かった~!」
「・・・(絶句)」

友人は、ちょっと引きつりながらも、見つかったことを喜んでくれた。私を見る目がやや気味悪さを備えているような気がしないでもなかったが、気のせいだろう。
その日以降、私の陰のあだ名が、『女視戦士・マサイ』になったという風の噂があったが、真相は不明である。

とにかく、そんなエピソードもあるほど、目には絶対の自信があった。
なので、眼科というものは自分とは殆ど縁のない所だと思っていたのだが、さすがにこうもチクチクとイライラが募るのには耐えられず、翌日の朝一番で自宅近くの眼科に行くことにした。インターネットで調べたところ予約不要とあったので、何も考えずきっとあまり人気のない眼科なのだろうと高を括っていた。

しかし、翌日、それはとんでもない間違いであったことが判明する…。

(~後編へつづく~)

眼帯の女性って何か憧れませんか・・・

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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