salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

近道にない景色 自転車に乗って今日も遠回り

2016-10-5
コンサート

再来週のコンサートへの出演に際して、このところ人妻と、自分らしからぬ内容の会話やメールの交信をひそかに愉しんでいる。

人妻 「2種類送ったつもりだけれど、同じの送っちゃったかな」
私 「うん、同じみたい」
人妻 「アルペジオとストロークの2つ」
私 「なにそれ?」
人妻 「つま弾く奏法とジャーラーンって感じに弾くやつ」
私 「なるほど、もう一回聴いてみる」

私 「最初はどっちも同じに聞こえたけれど、たしかに2種類、アルペジオとストロークだった。ポロンとジャラーン。ぼくの頭の中の辞書にはアルペジオとストロークがなかったから、聞こえなかったんだ。言葉がないと、聞こえない、匂わない、見えない。心理学だね、言語学だね、哲学だね」
人妻 「なにそれ、まあいいや、よかった。どっちかで合わせてみてください」
私 「うん、わかった。アルペジオの伴奏に、ハモニカと歌をつけてみる」
人妻 「ハモニカっ? 持ってらしたの」
私 「うん、昔のがどこかにあったはずだから探してみた。低音がさび付いてるやつ、確かあったんだ。でも結局なかったから、西友の文房具売り場で一昨日買った」
人妻 「わざわざ、悪かったわね」
私 「いや、久しぶりに…、五十年ぶりに吹いてみたくなったから。それに、幼児用の安いものだ」
人妻 「それは楽しみね。頑張って」
私 「頑張るけれど、結果は保証できない」
人妻 「スタジオ練習日までに、私もなんとかしないと」
私 「いや、あなたもヤツも、もう大丈夫でしょう。ヤツは高校時代文化祭の舞台で演奏してたし、あなたもズルイ、高校時代フォークソング同好会だったんだって」
人妻 「そうだけれど、練習さぼってばかりいたから」

私 「ストロークのギター伴奏に、ハモニカと歌、つけてみた。それを録音したものを、データで送るね」
人妻 「それにしても、ハモニカの楽譜、あったんですか」
私 「そんなのないさ。ユーチューブに流れていたライブのを、真似したんだ。だから、いいかげん、ヤツにチェックしてもらいたい」
人妻 「ライブのは、同じ曲でも、前奏、間奏、いろいろなバージョンがありますよね」
私 「あるある。だから、一番ハモニカに向いてる楽しそうなやつを探した」
人妻 「それじゃ、そのライブの演奏も、データで送ってくださる」
私 「いいよ。そうか、それがないと、ヤツが伴奏できないわけだ」
人妻 「そう、あの人、初めて聞く曲らしいからね」

私 「コンサートって、こんなに大変なんだ。まあ、まるで素人で音痴のぼくが出ようなんてするからか」
人妻 「そんなことない。みんな、結構練習してくるよ、彼も。ワタシもしなきゃいけないだけれど、まだ全然」
私 「音楽やる人って、不真面目で軽薄なのかと思ったら、ぼくよりはるかにマジメなんだね。このところ、ずっと練習していても、ちっとも上達しない。もちろんぼくには才能がない。いくら練習しても上達しない才能はありそう。才能がある人は、きっといくら練習しても、飽きないんだろうね。ピアニストは、毎日十時間の練習を365日続けるんでしょう。そして、三日練習を休むと観客がわかり、二日休むと仲間の演奏者がわかり、一日休むと自分がわかる、という厳しさらしいね」
人妻 「そうね、ワタシなんかチャランポランだけど、彼は趣味とはいえ、マジ」
私 「そうなんだよな、怖いんだよな。ちゃんとやらないと、口きいてくれない」
人妻 「そう、いまだに、そう」

ヤツ、すなわちMと、人妻すなわちその妻T子さんは、30年前名古屋に転勤した。そのとき、2、3年で戻るからといっていたのに、30年がすぎてしまった。その間、どんな時間を過ごしたのか、詳しくは聞いていない。もちろん、お互いにいろいろなことがあった。それでも、高校時代の旧友であるMは少しも変わらず、いつも私をめんどくさそうにかまってくれる。
「今度、仲間でコンサートを開く。来いよ、歌ぐらい歌えるだろ」
まさかのご招待だった。
私は人様の前で何かを演じるなど、とんでもない。ことごとく人に接する機会を避け、こそこそと書斎で文字を書き綴っているだけの男である。スピーチも講演も、宴会の締めの挨拶も、なにからなにまでお断りだ。
しかし、Mの依頼だけは断れない。口をきいてくれなくなってしまうから。MがT子さんと結婚する際、司会を頼まれ、断ったときのMのひどくがっかりとした顔が忘れられない。無論Mは私の流暢な司会を期待していたのではなく、粗忽な私がしでかす不始末の数々が、堅苦しい結婚式を盛り上げてくれるに違いないと踏んだのであった。

だから、今回も実は気が楽だ。断ると怖いということもあるが、Mは私の歌唱力、音楽性などには一切期待をしていない。何かとんでもない失敗をやらかすだろうと期待し、その不安を愉しんでいるのだ。だから、私は決してうまくやってはいけない。無難にこなせばMはきっとがっかりする。
けれど、うまくやらないように調節するのは、難しい面もある。接待ゴルフがうまい人は、相手よりスコア―を少し悪くするよう努力する。調節を効かせるには、かなりうまくなければならない。下手すぎるとメンバーは呆れ、お荷物に思う。そう思われず、少し下手を演じることが、接待の成果につながる。
もちろん、Mを接待するわけではないから、そういう考え方は失礼だけれど、私はとにかくMのご機嫌をとりたい。
Mは私が機嫌をとりたい、数少ない男の一人なのだ。

コンサートでは、高田渡の生活の柄と泉谷しげるの春のからっ風とブルーハーツのToo much painを歌うつもりだ。ハモニカの練習は、Too much painのためである。
本番を思うとぞっとするけれど、毎日ハモニカを吹き、歌を歌うと不思議と気持ちが安らかになる。
10月9日の本番に向けて、練習の日々が続く。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

2件のコメント

久しぶりのアップですね。

さすが私よりも長い付き合い。
Mの事がよくわかってらっしゃる。

さぁ、練習、練習。

by うらちゃん - 2016/10/05 12:33 PM

久しぶりのUP。

中川さんのMへの愛
は入り込む隙もないようです。
到底かなわない・・・・。

さぁ、練習!練習!!

by うらちゃん - 2016/10/05 5:37 PM

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コメント


中川 越
中川 越

なかがわ・えつ/ もの書き。園芸などの趣味から野球やサッカーなどのスポーツまで、いろいろな実用書を企画したり、文章構成を担当したり、近代文学の作家の手紙を紹介したりしています。子供の頃の夢は野球の大リーガー。次にバスケットのNBAを目指しました。樽の中で暮らしたというギリシアのディオゲネスは、二十歳を過ぎてからの憧れです。

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