salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

きれいはきたない、きたないはきれい。

2014-08-5
あの透明の獲得まえへ

 JR飯田橋駅の西口改札は、牛込橋の上に位置している。この橋は、早稲田通りの一部として、富士見二丁目と神楽坂をつなぐ。この橋の下には、もともと江戸城の内と外を分けていた外堀が残っており、いまでは、旧江戸城——現皇居方面——の内側を千代田区、外側を新宿区とする区の境い目となっている。
 ややこしいのは、この区境の上に立つ「飯田橋セントラルプラザ」というビルである。二棟あるこのビルの間には、区境ホールなるものがあり、お堀に対し直角に区境線が引かれ、一棟は千代田区、一棟は新宿区に属しているという。そこで、昭和8年(1933年)の地図を見てみたが、当時はまだこのビルがなかったためか、外堀の真ん中に区境線が通っていた。どうやらこのビルができたことで、行政なるものがこの地の住所を変えたらしい。らしい、というのも、この区境の決定の、決定的な「記録」はどうやら残っていない——しばらくの間、議論は続いたらしいが——という。

 話を牛込橋に戻そう。神楽坂側からこの橋を渡っていくと、向こう側に大きな石垣があるのだが、これは、江戸城外郭門のひとつ、牛込見附の一部がいまだに残っているものだ。これは、1636年に阿波徳島藩の松平阿波守家二代目、蜂須賀忠英によってこの橋とともに建設された。
(ここで、「阿波徳島藩の松平阿波守家二代目、蜂須賀忠英」という文字を、すんなりと読めた人はどれだけいるだろうか。こう思うのも、かつて柄谷行人氏が『日本近代文学の起源』において、前島密が、「松平」という字がいくつかの読みを可能とすることに対して、「世界上に其例を得ざる奇怪不都合なる弊」と述べた(『漢字御廃止之議』)ことを例に挙げていたからである。ちなみに、このあと柄谷氏は、与謝蕪村の「さみだれや大河を前に家二軒」という句に対して、「大河」という漢字が、その音声なしに、「視覚的」に意味を捉えうることを指摘している。これは、正岡子規が「大河」を「おおかわ」ではなく「たいが」と読むことで、激しい動きが活き活きと描写される、と主張したことに対していっている)
 ところで、新宿区民であるぼくはいつも、この橋を渡っていくあいだ、雑踏のなかでひとり、江戸時代へとさかのぼっている。妄想時代劇だ。たとえば、この橋を渡るのならば、向こう側にいる架空の門番に対して、交通の理由が必要となる。この妄想劇には、都合良くも、手形なるものは存在しないので、とにかく言葉の理由さえあればいい。ことしの春先に、「幕府への新年度の御挨拶」と称してこの橋を渡り、九段下から千鳥ヶ淵方面へと花見に出かけたこともある。

 約三ヶ月前の話だ。あの日は、たいへん天気もよく、この橋のうえから、市ヶ谷方面へと目を向けると、外堀とその両端に並ぶ木々、そして、林立したビル群のコントラストがよく映えていた。信濃町に行くため、JR飯田橋駅の西口改札に向かっていたのだが、自然と理由をつけてしまう。
「本日、英国よりポオル・マッカアトニヰなる人物来り。黒船来航の齎したる動揺受け、音楽といふものの視察の為参らん」
(注:劇中時代は幕末。橋は渡らないのだが、この橋を起点として別の地へ出かける際、つまりJR線の利用の際は、「特例」として門番に伝えるのが義務化されている)
 しかし、改札を抜けようとしたときのことである。近くにいた男性が「ポール、今日も中止だってよ」と、隣にいた女性に向かって話しかけた。前日に突然の中止もあったため、心配になったぼくは、『Out There Japan Tour』の公式ホームページにアクセスしてみた。だが、なかなか繋がらない。何度も何度もアクセスしなおした。 結局、繋がることはなかった。

 橋のうえ、ちょうどそんな気持ちになった。牛込橋に言葉の理由が必要なように、インターネットにだって言葉がなければ目的まではたどりつけない。
 そもそも、その先に目的とするものがある、というこの絶対性はどこからくるのだろう。橋の向こう側には靖国神社があり、日本武道館があり、皇居があるのだって、結局のところ誰かが用意したものだ。公式ホームページだって、そう。ひとたび、その橋渡しが機能停止に陥れば、その絶対性はただ浮遊するだけなのだ。「Out There Japan Tour」というぼくが入力した文字も、いまや「0,1」の二進数となって、目的地と思しき手前の川の水面できらきらと浮かんでいる。
 手段ありきの目的ならば、もはやその手段が目的と化しているのではないだろうか。

 そんなことをあれこれ考えていると、知人から一通のメールが届いた。前々から、チケットが手に入った、と周りに自慢してまわっていたこともあって、半分同情をかったのか、半分馬鹿にされていたのか、その知人からは、残念だったね、という一言が送られてきた。この一言が、何よりも確かな情報に思えた。引き返そう。
 もう交通の理由はなくなった。門番にはそう伝えた。

 それから、ポケットからiPhoneを取り出し、長いあいだ橋のうえでビートルズナンバーを聴いていた。市ヶ谷方面に目を向け、長いあいだ、である。目線を少しあげれば、西の空は赤くなり始めていた。
 歌詞を覚えていた何曲かを聴き、口ずさんでいた。その後、アルバム《Magical Mystery Tour》の7曲目のボタンを押し、〈Hello Goodbye〉——来日後まもなく病気で帰国したポールよ、ハロー・グッドバイ!——を流す。(この曲の歌詞は小学生にも易しい言葉遣いである。現にぼくも小学生のころ覚えられた。)その後、8曲目の〈Strawberry Fields Forever〉を経由し、次の曲に入っていた。〈Penny Lane〉である。
 目を瞑り、以前リヴァプールのアルバート・ドックにあるビートルズストーリーで、〈Penny Lane〉の紹介をするコーナーに立ち止まった場面を思い出す。「Penny Lane」と書かれた本物の標識の写真や、当時それを盗む人が続出したことなどの説明を、曲を聴きながら眺めていた。
 あのとき、頭の中で想起されたのは、実家の狭い子供部屋で、姉と二人で小さなCDデッキから流れる〈Penny Lane〉を聴いていた場面だった。本物の標識の写真や、当時のエピソードを前にしてもなお、ぼくは幼いころの、しかもぼんやりとした場面だけが思い出されたのであるーー。

 その幼い坊やは想像力が豊かだった。彼は頭の中で、あらゆる空間と時間を行き来していた。リヴァプールも、ペニーレインも、彼の目の前にあった。ジョン・レノンだって、生きていた。この曲を流せば、ガイコク、イギリスの勝手な映像のなかで、若かりしころのジョンとポールが歌って聴かせてくれた。あるとき彼の父が見せたビデオの映像と重ねていたのだろう。

……ビートルズっていうね、イギリスっていうガイコクのバンドだよ。ほら、このメガネの人、ジョン・レノンっていうんだよ……じゃあこのヒゲがもじゃもじゃでピアノひいてるひとだあれ?……この人はポール・マッカートニー、うしろで太鼓叩いてる人はリンゴ・スターだよ……リンゴ?……そう、リンゴ……へえ、ガイコクのひとってたべもののなまえでもいいんだ!いいなあ。じゃあこのげんきなさそうなひと、だあれ?……この人はジョージ・ハリスンだよ………

 彼はなにも疑わなかった。目のまえにあるものすべてをあるがままに受け入れた。そうして受け入れたものは、いまだ舗装されない道と道でつながれた。彼にとって、〈Penny Lane〉は〈Penny Rain〉でも同じだった。この曲を聴いたとき、きっと誰かが、「ペニーレイン」という言葉を与えただけなのだから。
 しかし、いつかはその道々が舗装され、知ってしまう。眼鏡のジョンと元気のなさそうなジョージはもういないことを。その映像のなかで演奏されているのは〈Let it be〉であることを。それから、〈Penny Rain〉ではなく、〈Penny Lane〉であることをーー。

 ぼくはそっと目をあける。向こうの空は赤く染まっていた。リヴァプールの高台から海を眺めたときも、ちょうどこんな色の空だった。あの空は、ぼくが見たものだったのか、彼が見たものだったのか。どっちだっていいのかもしれない。
 海風のような湿り気のある風が片っぽの頬をなでる。くすぐったいような気がして、顔を横に向けた。目線の先に、門番はいなかった。
 イヤホンを外すと、うしろのほうから単純なメロディーが流れ、それから電車の音が近づいてくる。この電車に乗れば、どこにでも行けるような気がした。
 なんとなく、これで充分だった。時間もあるのだから、今まで通ったことのない道でも歩きながら帰ろう。今日くらい、地図はいらない。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

3件のコメント

私も子供の頃にビートルズ聞いてたよ。
特に「苺畑」が好きでね、意味なんか分からずともずーとそればっか聞いてた。かなりの難解歌詞だよね。「一緒に逝こう」にある歌詞も、ずっとコカコーラだと思っていたよ。子供の頃って想像するしかないから、どんな曲でもそれはそれは素敵な世界だった。

by はる - 2014/08/05 11:09 PM

わかった。
そうか、結界なんだ。
橋も、音楽も、ビートルズも。
結界を渡る。聖に入る。俗に親しむ。
橋のどっちがわがどっちで、音楽を聴くと
どっちに行けるのか、簡単には言えそうにないが、
ともかく、橋も、音楽も、ビートルズも、あのひとも、
結界なんだとわかれば腑に落ちて、こころ鎮まる。
だからポールに会えなくても、会おうと思って
橋を渡り、結界を過ぎればもうそれだけで
きっと別界だったのでしょう。
そうか、結界なんだ。
ありがとう。

by こうたくんのともだち - 2014/08/08 7:44 PM

ただ、読む、のではなく、読み解く、ことで、この文章にあたってくださったこと、大変嬉しく思います。

「結界を渡る」。
このとき、「ぼく」は「聖に入る」のか、「彼」は「俗に親しむ」のか。
それとも、その逆がありえるのか。
ぼくもまた、「簡単には言えそうにない」ことだと思います。
いずれにせよ、もう、「門番」はいないのです。

今後とも、「こうたくんのともだち」様の、道草のお供に、あまーいお菓子ではなく、するめ、あたりめのような文章を提供できたらな、と思います。頑張ります!ありがとうございました。

by 福田祐太郎 - 2014/08/10 3:42 PM

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福田祐太郎
福田祐太郎

ふくだ・ゆうたろう/留年系男子。1991年生まれ。宮城県仙台市出身。ライターとしての一歩目に、大人の道草にまぜてもらいました。大学では文芸を学んできましたが、「それ、なんになるのよ」と非難囂々のなか、この場にたどり着きました。

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