salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

天井の星 絨毯の染み

2014-02-25
涙とその輝き

こわばった冬が少しずつ解けていく。
2月は逃げるというけれど、今年はあまり逃げられた気がしない。むしろ私のペースに合わせて並走してくれたような、寂しさをほとんど感じることのない優しいひと月だった。

しかしそれにしても、今年の2月はいつになく涙腺が緩んでいた。
友人の結婚式に妹の2度目の出産、今まであまり熱心に見ていなかった冬季オリンピックも、一度見出してからは取り憑かれたように見入ってしまい、次々に湧き起こる感動に完全に飲まれてしまった。
緩み出すとどんどん崩れていくのは、怠惰な生活習慣だけではないようで、涙が色々なところに波及して、今月は『箸が転がっただけで泣く』みたいな締りのない情緒を持て余して過ごした。

もともとすぐ泣く子どもだった。すぐに感情が満タンになってしまい、所構わず溢れ出てしまう、理性の欠片もない自分が小さい頃からとても嫌いだった。

19歳の頃、ある人に「人前で泣くな。」とキツく言われたことがある。
その号令でピタッと泣き止んだわけでないが、不思議なくらいその言葉が胸に刺さって、いつの間にか少々のことでは泣かないようになった気がする。
変な話、結果的にその言葉をくれた人は思い出したくもないくらい当時の私に不幸をふりかけて去っていったのだけれど、何としてでも泣くまいとその人の言葉に従いながら、自分の中に突如として強い反骨心が芽生えたことを覚えている。
容易く人に気を許してはならないと、思えばその人が初めて私に警戒という鎧を着させたのかもしれない。

ともあれ、泣かなくなった自分を少し勝ち誇ったように認め、かつての自分と同じように脆くすぐに弱みを見せる人に対して、冷徹な気持ちさえ抱くようになっていたのに、まあ最近の私のずるずると情けない泣きっぷりはなんだろうか。
涙もろいおばちゃんへと成り上がっていく順当な道を歩んでいるだけなのか、はたまたただのホルモンバランスの乱れか、よくわからないけれど、このひと月泣くだけ泣いたら心と体が軽くなった。

2月の14日、日本がとてつもない大雪に見舞われたバレンタインデー、待ちに待った朗報が届いた。
私にとっては2人目となる甥っ子誕生の知らせに、予め用意されていたかのようにするすると涙が溢れてきて、生命の誕生が及ぼす絶大な神秘を改めて思い知った。
私が息子を産んだのが8年前、その時は神秘だの感動だの清らかな気持ちに浸る余裕など全くなく、史上最強の痛みに必死で耐えるしかできなかったのだけれど、妹が初産の時、初めて観客として出産の喜びを味わえたのだった。
この世のいかなる不吉なことも吹き飛ばしてしまうほど、生命の威力は凄まじい。生まれたばかりの赤ちゃんと母になったばかりの妹へ、言葉にならない愛と祝福の思いで胸がいっぱいになった。

あれから4年、よくよく考えて見れば我が姉妹は冬季オリンピックに合わせて子どもを産み落としている。私の息子はトリノ、甥っ子長男がバンクーバーで次男はソチ。
たまたまとは言え、今年はそんな偶然を思いながら氷や雪の上を華麗に滑るアスリートたちを見ることとなった。4年に1度という時間の長さと短さ、尊さを愛おしみながら。

様々な競技で様々な選手が活躍する中、なんといっても涙を誘ったのは、女子フィギュアの真央ちゃんの演技だった。
彼女の内から溢れ出る、揺るぎない思いの深さと芯の強さにはとことん泣かされた。あんなにも美しく汚れない演技を見たことがなかった。
演技が終わり、彼女の張り詰めていた気持ちが緩んだ瞬間、どれだけの観客が安堵し、一緒になって泣いただろうか。
種類は全く違うはずなのに、つい数日前、生まれたばかりの甥っ子の写真を目にした時と同じ、抗えない感激が胸に広がった。
形があるのに形がない、言葉にしようのない、私たちが目にしたものはきっと彼女の生命力の輝きなんだろうと思った。

実は今月、私はある決意をした。ちょうど去年と同じように、来月からまた新しい生活を始めてみることにした。
そこに至るにも少し涙があったのだけれど、泣き止んだ今、安心と理解と納得が自然と胸に満ちている。
十数年前備え付けた鎧がもう必要なくなったみたいな、そんな爽快な解放感だ。

長い冬を越え、春がやってくるみたいに、新しいものと古いものとが交差する季節。始まりの輝きの裏に費やしてきた時間が見える。
たくさんの感動から愛と勇気をおすそ分けしてもらったみたいに、私まで生命力が漲り始めた今年の春。

新たな生活とその心象風景をしたためるのが楽しみだ。きっとそこには今までがふんだんに散りばめられた未知なるものがあるのだろう。

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岡田規絵
岡田規絵

おかだ・のりえ/1983年生まれ、大阪府出身、岡山県在住。 tony chanty という名前でピアノの弾き語りを中心に音楽活動をするSSW。 趣味は読書、旅、食事、お酒。何気ない日々の鼓動にゆっくり耳を傾けて、言葉や音に落とし込むのが好きです。

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