salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

天井の星 絨毯の染み

2013-11-25
与えられた灯火

夕方の優しい西日が黙りこくった街を包んで、おうちに帰ろう という言葉がやたらと胸に沁みてくる。
月の真ん中辺りからさすがに暖房なしでは過ごせなくなり、我が家も本格的な冬装備。
帰ってきて玄関を開けた途端に漂う石油ストーブの香りは、胸騒ぎを消してくれる伝統的なアロマのようだ。

しかし、もう少し秋が長くても誰も文句は言わないだろうに、そそくさと日は落ちて、冬が始まるやいなや、慌ただしい空気がどこからともなくやってくる。
まだ師走にもなってないうちから、忙しないムードに袖を引っ張られ、結果この時期は毎年決まってヘマをやる。
ただでさえ横着者で不注意な私が、輪をかけてすっ飛ばして行こうとするから、すっ転ぶのも当たり前。
今年もまた学習しない自分と同じ道で衝突し、改めて地に足をつけて生きねばならん と肝に命じたところ。

そんなこんなで自ら招いた厄介事に悩まされつつも、後腐れなく過ぎていく忙しい日々に少なからず救われてもいる。
前回書いた鬱々としたくだらない考え事も、いつの間にか忙しさの中に行方をくらましたみたいだ。
下手の考え休むに似たりという諺通りの私の悪習も、この時期ばかりは大人しくしてくれているので、じっと集中できる時間が持てて、用事が捗り助かっている。

そんな中、久しぶりに好きな読書にも心を傾けられている。
世に言う読書の季節からは少し後れをとったものの、改めて新鮮に本の世界に身を浸して、作家の奏でる景色や人物像、風情の彩りに心を滑りこませ、とても平和に情緒を弄んでいる。

好きな作家のうちのひとりにレイモンド・カヴァーという人がいる。
ここ最近彼の作品に改めて刺激を受けまくっていて、それをなんとしてでもモノにしたいという欲望に駆られている。

カーヴァーの作品は、全体を通してシュールで、なんと言うかとてもお洒落だ。
まずタイトルが個性的で突き抜けている。悪く言えば???というような、凡人には見えない糸で物語とタイトルは結ばれている。
ありふれた日常の一コマを描いた物語に登場する、どこか少し欠けた人たち。
ヒステリックな太ったオバサン、浮気ばかりする青年、正論ばかり言うが自暴自棄になっている美人、執念深い金持ち。
皆が皆、偏りがあり少し不穏で、客観性がない。
そんな個性的な面々を次々に登場させるも、淡々と物語は進み、最低限の説明しかなされない。そしていつも話は突然幕を下ろす。

思いやりに欠けるのではないかと懐疑するほど、あまりに少ない情報しか描かれていない物語、けれど読み進めるうちに、作者は読者の想像力を信じてくれているのだと、その懐の深さに感服する。
説明しないということは、とても勇気が要ることだ。
さっぱりしているのに味わい深い余韻と、非日常的であるのに真剣さと真実味のある彼の作品に触れ、私自身音楽を創り出す者として、その才能と技術に憧れずにはいられない。

本との巡り合わせというのは不思議なもので、何の気なしに手にとった本が、その時の自分の気持ちにピッタリと寄り添ってくれる言葉をくれたり、自分が選ぶべき道を示唆してくれたりすることが本当に多い。
私が本を読んでいるのに、本に心を読まれているんじゃないかというような気さえ引き起こす。
だいたいが最初から何かヒントを得ようとして本棚の前に立ち、宝探しのように頁をめくれば、何も見つからない方がおかしいのかもしれないが、その驚きに満ちた運命の出逢いを、勘違いであれ大切にしたくなるものである。

とにかく今回も、彼のお陰でそんな読書に対する私の夢見る気持ちは守られた。
カーヴァーの良さを私が語るなど、おこがましいにも程があるとは思ったのだけれど、彼の良さを噛みしめ、私の歯で噛み砕くことが、今自分に巡ってきた良き機会のような気がして、熱りが冷めぬうちに、ここに少しその感動を書かせていただいた。

よっぽど難解なお話でない限り、読書は私の音楽的な欲望に火をつけてくれる。
私の場合、音楽そのものを聴いて直接何かを学ぶより、文字を通しての方が得るものが多いような気がしている。
端から手段が違っているからか、そこで得た感触をそのまま真似することなど出来ない。
故に自分で考え、オリジナルに持っていける。

ということで、久しぶりに火が付いたこの気持ち、おちおち鎮火させるわけにはいかない。
年末に向けて、と言うか年末とか関係なく、
この小さな火に息を吹きかけ滾らせて、寒い冬も乗り越えていこうという心持ちになっている。

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岡田規絵
岡田規絵

おかだ・のりえ/1983年生まれ、大阪府出身、岡山県在住。 tony chanty という名前でピアノの弾き語りを中心に音楽活動をするSSW。 趣味は読書、旅、食事、お酒。何気ない日々の鼓動にゆっくり耳を傾けて、言葉や音に落とし込むのが好きです。

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