salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

天井の星 絨毯の染み

2013-04-9
新緑の季節の前に

春は意図的に、ゆっくりと肺まで届くような深い呼吸を繰り返し、その間にのびのびと木々や枝葉、風は彩りを変える。

4月になった。
花は落ちて、また生まれる新たな緑に次なる願いを託す。

始まった新しい生活。
心の空気を入れ替えて、生まれ変わったように自分を始めたいと、分厚い向かい風の抵抗を感じながら目的地へ向かう、自転車を漕ぐ足にもグッと力が入る。

きっぱりと自分の望む方向に向かって、風を切って進みたい。
情にほだされて、流れに歯向かわず、行き先も見えなくなってしまっていた過去が、後ろ髪に少し、絡まったまましがみついている。

隠し事のない、他人に上手に自分の要求を伝えられる人に憧れてきた。
そういう人との交わりを深めるたび、自分がいかに他人の顔色を窺い、恥を恐れて生きているかを思い知らされて、明瞭な人の話を耳に痛く感じながら、苦い味が口の中で広がって飲み込めず、自分の弱みとの鉢合わせに、いちいち心を窮してきた。

けれど最近、そんな青い芝を持つ相手に、自分を弁明するような機会が立て続けに与えられた。

素敵な庭を持つ家主は、その庭を美しく保つことに迷いなく従事していて、手入れが行き届いた庭に、新たにどんな花を植えようかと思案したり、それを阻害する敵にやきもきしたりしている。
そんな能動的な人を改めて羨ましく思いながらも、自分の考えと対峙していくうちに、行動の発端の大体が受動から来る、自分の考えの柔和さに行き当たった。
今まで自慢できたもんじゃないとばかり思っていた自分のことを、殆ど初めて、癒される気持ちで眺めることができた。

「思い通りにならないからこそ楽しい人生」
18歳くらいの時、一緒に音楽をしていた友人の家のトイレの日捲りカレンダーに見つけた標語を、ときたま思い出す。
目からウロコという程でもないが、当時はその言葉になんの実感もなく、まさか30歳になって、その言葉を頷きながら思い返すことになるとは露とも思わず、けれど今となっては、この風まかせな性格で選んできた運命があってこそ、そう思えるのかもしれないと、都合よく自分を捉えている。

弱みとは強み、強みとは弱み、他人との違いを感じれば感じるほど、他人を認めることは自分を認めることだなあと 深く感じる今日この頃。

髪についた懐かしい匂いを嗅ぐたび、苦しいほど切ない気持ちに駆られる。
けれど、それを不思議なほど愛おしく大切に思っている。

自転車を漕いで、今日も出かける。
目的地は決まっているけど、私はまた寄り道をしてしまうかもしれない。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

1件のコメント

よく似た気持ちを持っている。
そうは見られていないかもしれないけど。
きっぱりと風をきって生きていきたいという気持ちを持って、
「そうでもない1日だったな」という日もまあアリかと思ったりもしますね。

by carreyuri - 2013/04/10 10:16 AM

コメントする ※すべて必須項目です。投稿されたコメントは運営者の承認後に公開されます。


コメント


岡田規絵
岡田規絵

おかだ・のりえ/1983年生まれ、大阪府出身、岡山県在住。 tony chanty という名前でピアノの弾き語りを中心に音楽活動をするSSW。 趣味は読書、旅、食事、お酒。何気ない日々の鼓動にゆっくり耳を傾けて、言葉や音に落とし込むのが好きです。

そのほかのコンテンツ