salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

天井の星 絨毯の染み

2014-01-25
抱負

年末年始を挟んだこのひと月、特に何もしてないはずなのに、山と谷とを幾つも登り降りしたような目まぐるしさで、あけましておめでとうございます。という挨拶も既に、遠く後ろの山並みから聞こえる山彦のような懐かしい響きをまとっている。

正月3日に引いた大吉と、父が毎年買ってくる九星気学の占いの結果が良かっただけで、絶対いい年になる!と鼻息荒く始まった今年、いよいよ厄が始まるというのにもかかわらず、今はまだ楽観が勝っている。
というのも、この数日の間に早くもイイことが起こったからであり、そこから得た教訓めいたものが今年の抱負のひとつに追加されることにもなったからである。

先日、前々から好きだったドイツ人のピアニストHenning Schmiedtのライブがあり、いそいそと観に出掛けた。いそいそという表現がいかにもぴったりな行き道の足取りだった。
一番後ろの一番端、けれど演奏するその顔がよく見える位置に腰掛け、じっと聴き入った。
一音一音が柔らかく吸い寄せられるような演奏に、静かに重たい感動があり、いつまでも椅子から立ち上がれなかった。
ライブが終わっても帰るに帰れず、いじいじとしていたら、オーガナイザーの方の計らいで、打ち上げに同席させてもらえることになった。
はにかみながらもお酒で気持ちが緩んで、結局は猛烈に感動を伝えた後、たまたまピアノのあるお店だったので調子に乗って一緒に演奏までさせてもらって終宴。
あわあわしながらもちゃっかり棚から落ちてきた牡丹餅をキャッチした自分に、こっそり胸の中で拍手を送った夜だった。

さして重要でないことについては軽はずみに気持ちを口に出せるのに、本当に好きなものとか尊敬する人に対してはどうしても弱気になって、本心を面と向かって伝える場面に出くわすと、絵に描いたようにもじもじしてしまう私。
真剣で神聖な想いだから、誰とも共有できなくても打ち明けられなくても胸にあるだけで幸せ、という健気な気持ちにもなるのだけれど、この度、打ち明けたほうが得、という真実に気がついてしまった。よって、今年の抱負に「少し厚かましく」というのが増えました。

じっと平地を歩いていたような昨年からの続きとは思えないほど、良くも悪くも喜怒哀楽の激しいここ最近、自分でも気持ちの移り変わりに付いて行くのに少々疲れてきているほどだ。
けれどそんな毎日で繰り返し思い出すのは、昨年末、甚く胸に響いたこの言葉だ。

「自分の中に安心を見つけなさい」

久しぶりに通りすぎない言葉だった。ここ暫くの私の人生のテーマとして額に入れて飾りたいと思った。今年の一番の抱負と成ったのも、言わずもがなである。

誰しもそうであるように、私もまた、様々な場所や人や状況下をうろうろして生きてきた。
家族や恋人や友達や、街や道や空や、流行や伝統に思いを馳せて、自分とを結ぶ断たれることのない道を求めて、風雨を凌げる屋根を探して、どこかに安心を見いだそうとして転々とするのだけれど、自分の理想に応えてくれる自分を完全に許してくれる、大きな胸は見当たらない。
そして私自身も、そうやって何かを誰かを揺るぎなく受け止める度量を持ち合わせていないことに、いつも静かに落胆していた。

Henning Schmiedtのピアノを聴いていて、彼の音楽には安心があると思った。
胡散臭いなあと思う人たちに共通してある、不安からくる力任せの押し付けとかデリカシーのなさは一切なかった。
人に宛ててのメッセージと言うより、自分の中の充足が溢れているような様子で、それが言葉にならない感動を生んだ。
もしかしたらずっと自分の中で繰り返していたその言葉のお陰で、より深く彼の満ち足りた部分を感じとれたのかもしれない。
私もこういう音楽が奏でられるようになりたいなあと、素直に思った。

メッセージはタイミングなんだと思う。
ちょうど心に入るスペースがあって、欲している時にしか届かない。
この言葉を聞いたとき、普段から意識せずとも漂っていたもやもやとしたものたちがひとつに束ねられ、すっと胸に落ちた。
だからと言ってそう簡単に安心が胸に現れるわけではないのだけれど、解決法を知ってほぐれた気持ちから、前向きさが生まれたように思う。
音楽は私にとっても唯一の場所となるかもしれない。もちろんそれはただの手段であるだけだけれども、改めて取り組もうと新年早々希望に満ちたのである。

salitoteのコラムをまさか書かせていただけるとは思っていなかった1年前。
私に何が書けるかも何が書きたいのかも朧気なまま手探りで始めさせていただいた。けれど、最初に何故書きたいと思ったかは覚えている。
それぞれの身の丈がそれぞれの安心のもとに、偽りなく押し付けなく披露されているのが素敵だと思ったから。
まだまだ未熟な文章ですが、今年も自分が感じたことをありのままに言葉に落とせたらと思います。そして今年はそこにもっともっと安心が溢れたらいいなあと。

ということで、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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岡田規絵
岡田規絵

おかだ・のりえ/1983年生まれ、大阪府出身、岡山県在住。 tony chanty という名前でピアノの弾き語りを中心に音楽活動をするSSW。 趣味は読書、旅、食事、お酒。何気ない日々の鼓動にゆっくり耳を傾けて、言葉や音に落とし込むのが好きです。

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