salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

天井の星 絨毯の染み

2013-09-27
秋の空

降り注ぐ光がキラキラと葉先に集い、もはや手の届かないほど遠い夏の思い出は、高い空へと蒸発して消えてしまった。
風は乾き、ほのかにどころか、もうすっかり秋の匂いがそこら中に充満している。
一ヶ月というまばたきのような一瞬に、季節は見事な様変わりを遂げた。

好きだと気づいたその瞬間、するすると恋に落ちていってしまう時のように、ダメだと思ったときにはもう、時速何百キロのスピードで心が離れていってしまうみたいに、急いでいる様子も見せないで、いつの間にか秋は引き返せないところまで来てしまった。

残忍なほど爽やかに夏を忘れてしまった風と、まだらな雲の気まぐれが、人の心を思わせる。
挨拶もなしにいつでも心は行きたい方へと勝手に走りだしてしまう。
そのどうしようもなさが悩ましく、けれど結局はあっさりそれに服従してしまい、ため息をつきつつも納得しながら、季節はまた次の頁をめくるのだ。

想定外の出来事が飛び込みで次々に起こるうちに、私の一ヶ月も慌ただしく過ぎていってしまった。
番狂わせを喰らったような気になっていたが、もともと特に予定も立てず、その日暮らしの心持ちで生きているのだった。
だからそんな私にとって、むしろ事件は有難い。
なんだかんだ頭や体を働かせているうちに、心も調整がとれていく。
しかつめらしい顔をして、ひとつの物事に向かい合っているときには見えない、軽やかな答えが今、ふっと舞い降りた秋に漂っている。

先日の満月の夜、野外でのステージで歌を歌った。
演奏中、目の前の建物と建物のわずかな隙間に唐突に浮かんだ卵みたいな月を見つけた。
他の誰にも見つけられずに、ただ私だけに見つかって、私だけを見つめているような月だった。
なんだか本当の自分と目があったような、心の中をじっくりと覗かれているような気になった。

歌うときにいつも考えてしまうこと、気になってしまう表情、耳に入る声が急に遠く感じ、自分が今ここにいることだけが真実だというような、不思議な安心が胸に広がって、それまではただの背景だった月が、静かに語り手に変わった。

こうしなければいけない、ああしなければいけないと、頭は考え体に司令を出すけれど、心は縛り付けられ、苦しい想いをしていた。
そういう惑い全てを手放すようにと、中秋の名月は輝きながら語りかけているみたいだった。

永遠に続きそうな秋晴れが、屋根の向こうに、電線の遥か上に、雲のまだまだ上に広がっている。
ちっぽけな脳みそが考えることを、その澄んだ青に放ちたいと思う。秋は答えを求めない。

ただいずれは夜になり、そしてまた朝が来るだけ。

この間テレビで、”ぎんさんの娘たち死を笑う日々”というドキュメンタリー番組をたまたま目にした。
4姉妹が食卓を囲みながら、晩御飯を残した長女だったか三女だったかが、「食べられないから残すけど、また明日の朝食べればいい。」と言った。
すると4姉妹のうちの誰かが、「あんた明日も生きてるつもりか。」と言い、「大丈夫、明日は多分死んでない。」と言いながら、皆でゲラゲラ笑っていた。
平均94歳の4姉妹。長寿であることもすごいけど、なんだか深く感銘を受けた。

今日やれるところまでやったら、明日またその続きをやって、明日できなかったら明後日またやればいい。
きっと秋晴れは永遠に続かないけれど、そういう心持ちで今日の空気を吸い込みたいと、結果や答えや居場所や意味を求める心を手放して、浮遊する楽しみを知らなければと、今ひとり心に語りかける。
思い出でも約束でもなく、今自分を繋ぎあわせている真実に目を向けて。

今日もいい天気、きっと明日も今日の続きのような空が広がっているだろう。

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岡田規絵
岡田規絵

おかだ・のりえ/1983年生まれ、大阪府出身、岡山県在住。 tony chanty という名前でピアノの弾き語りを中心に音楽活動をするSSW。 趣味は読書、旅、食事、お酒。何気ない日々の鼓動にゆっくり耳を傾けて、言葉や音に落とし込むのが好きです。

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