salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

四十二才の夏休み

2017-07-26
友だちの話をしよう
~犬山ヴィーノ編

 ヴィーノは役者だ。今のところ、月9ドラマの主役こそ勝ち取っていないが、映画や舞台などではそこそこ有名な人たちと共演し、存在感を発揮している。
 身長182センチ、体重84キロ。最近頭髪に白いものが目立ち、額が少しだけ後退してきたが、それがますますカッコいい。日本人離れした体格は、ジェイソン・ステイサムにそっくりだ。和製ステイサムと呼んでいるのは僕だけだが、海外では外国人に渡辺謙と間違えられたこともあるらしい。それくらい“いい男”だ。
 ヴィーノは、ブルースハーピストとしての顔ももつ。本格的なトレーニングを積んだわけではないが、ライブハウスなどに出演し、熱のこもったパフォーマンスで客の心をつかんでいる。ヴィーノはビートルズの故郷、リヴァプールの音楽祭に招待され、日本代表で演奏したこともある。嘘のような本当の話である。

 ヴィーノと出会ったのは、大学生のときである。僕は神楽坂にある広告代理店でバイトをしていた。このバイトを選んだのは、大学が近いという理由だけだった。当時、僕は4年生であるにもかかわらず、卒業に必要な単位を40単位以上残しており、留年を避けるためには月曜から土曜まで毎日授業に出席しなければならなかった。
 仕事は、出版社や印刷所に原稿や版下を届けるという単純なものだった。パソコンもインターネットも普及していない時代だったから、バイトを数名確保して電車で運ばせたほうが効率的だったのだろう。僕らは鳩小屋のような狭い部屋に閉じ込められ、毎日数時間の待機を命じられた。そのときの話し相手が、バイトの先輩のヴィーノだった。
 僕らはただひたすら話をした。音楽のこと、映画のこと、人生のこと。ヴィーノは僕よりも学年で3つ年上だったが、3年前に名古屋から上京して一人暮らしを経験していたので、年の差以上に大人っぽく感じられた。
 バイトが終わったあとも、休みの日も、僕らは一緒に遊んだ。学生生活は残りわずかだったが、僕が知っている誰よりも自由を満喫し、毎日を楽しそうに過ごしているヴィーノが“カッコいい”と思った。できるならばそんなふうに生きてみたいと思った。翌年の春、僕は残りの単位を奇跡的に取得し、卒業証書を受け取った。だが、卒業しても就職活動をする気はまったく起こらず、あいかわらずバイトのような仕事を続けた。

 ふと気がついたら、四半世紀の時間が経っていた。僕らは外見こそ少しだけ年をとったが、人間の中身や社会的地位はそのままに、“いい大人”になっていた。そして今も、ヴィーノと僕は、財布の中身を気にしながら、ときには興奮気味に、ときには愚痴っぽく、夢や目標を語り合っている。もう一杯だけ、もう一杯だけと言いながら、終電ぎりぎりまで飲み続けている。
「ヴィーノは役者として絶対に成功すると思う」
「おー、コウタに言われるとそんな気がしてくるぞ」
 こんな会話をこれまで何百回しただろう。役者の経験もなく、芸能界のことを何も知らない僕の助言に、ヴィーノは照れくさそうにうなずく。
 数年前、ヴィーノは話題のハリウッド映画に出演したことがある。英語で書かれた分厚い契約書にサインをすると、専用の楽屋としてトレーラーハウスがあてがわれ、白い手袋をした運転手が付いたという。日本では想像もできない破格の待遇だ。
「成田空港に行くとき、うちにハイヤーが迎えに来たんだけどさ。運転者が玄関の前できょろきょろしてんだよ。ベランダにバイトの作業ズボンが干してあったから、絶対にこのアパートの住人じゃないと思ったんだろうな」
 結局、ヴィーノのハリウッドデビュー作は、エンドロールに大きくクレジットされたにもかかわらず、出演した部分がほとんど削られてしまうという残念な結果に終わったが、ヴィーノの飾らない気さくな人柄は共演者やスタッフに愛され、主演のヒュー・ジャックマンと撮影の合間のランチタイムにブルースハープで競演する約束も交わされたという。ところがその後、撮影のスケジュールが押してしまい、期待していたプライベートの交流がかなわぬまま、帰国の日を迎えることとなる。
「ヴィーノに足りないのはね。人を出し抜いてでも目立とうとする図々しさなんだよ」
「そうなんだよな。自分でもよくわかっているんだけど、なかなかなあ。まあ、もうちょっとがんばってみるわ」
 だけど、本当のことを言うと、ヴィーノにそんな計算高さがあって、器用に立ち回っていたら、僕らはこんなふうに親しくならなかったと思う。自分らしさを失って居場所を見つけるなんて、なんか変じゃない? それなら、今のほうがずっといいよ。


2017年7月21日@高田馬場「ノーサイドクラブ」。撮影は筆者

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1件のコメント

いつか、まとめて、どかーんとやってきそうな気がします。

しかしながら、当たり前なんだろうけど、コータ様、文章が、本当に上手だね。

(╹◡╹)♡

by 匿名 - 2017/07/27 6:31 PM

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コメント


村瀬 航太
村瀬 航太

むらせ・こうた/1970年、東京生まれ。確定申告書の職業欄に記入するのは「著述業」。自宅でクサガメの世話をしたり、大相撲中継や映画を観たり、マイナーな海外アーティストの音楽ライヴに足を運ぶ傍ら、出版編集にかかわる仕事をたまにしている。専門ジャンルはとくにないが、相手によって「写真が好きです」とか「実用書全般を手がけています」などと真面目な顔でテキトーにこたえている。

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