salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

四十二才の夏休み

2014-06-5
丸坊主にしたこと

 昨年末、思うところがあって頭を丸坊主にした。思うところがあってというのは、嘘だ。ふた月に一度の散髪が面倒くさくなり、毛根もずいぶん元気がなくなってきたので、いっそ坊主頭にしてしまえと思っただけである。
 考えてみれば髪の毛なんて、たいして重要なものじゃない。頭の上の目立つところにのっているから、つい流行や身だしなみを気にし、薄毛に悩んでしまうのだ。その役割は、せいぜい外気や直射日光から頭を守るぐらいのものなのだから、寒いときはニット帽をかぶればよいし、夏の日差しも麦わら帽子でしのげば十分なのである。
 坊主頭が何よりも便利なのは、洗髪に時間をかけずに済むことだ。顔を洗うついでに石鹸の泡を頭皮にすりこめば、おしまい。おかげでシャンプーも育毛剤もいらず、毎回2万円近くかかっていた銀座の美容室にも行かなくていいことになった。これでだけで我が家にもたらした歳出削減効果は絶大である。
 当初気になっていたのは、坊主頭を維持するための毎日のメンテナンスだった。だけど、今はネットで情報が得られる便利な世の中なので、グーグルで検索すれば疑問も不安もすぐに氷解した。おすすめの電気シェーバーから、初心者のための剃髪の手順まで、どこぞの誰かが、懇切丁寧に教えてくれるのであった。
 結局、僕は水洗い可能な外国製の電気シェーバーをアマゾンで購入した。T字かみそりはきれいに剃り上げるには便利だが、手を滑らせると頭皮を傷つけることになるので不器用な人には向かないらしい。注文の翌日に届いた電気シェーバーは、これまで使ったことのない高級品だが、初期投資だと思って長い目で見れば、懐はさほど痛まないはずだ。なんたって毎回の美容室代とシャンプー代が浮くのだから、安い買い物である。
 最初の頃は、机の上に鏡を置いて、おそるおそるという感じで使っていたシェーバーだが、今ではすっかり扱いに慣れてしまい、ソファーの上に寝ころんで一日に何度もじょりじょりしているので、僕の頭はいつもつるつるぴかぴか。無精ひげはちっとも気にならないのに、この頃は外出先で頭の剃り残しに気づくと、恥ずかしくて人に会えないという有様である。
 先ほど、坊主にすれば、流行はさほど気にしなくていいと述べたが、それについては少しだけ修正を加えたい。頭をつるつるにしたことで、これまで以上に服装を選ぶ必要が出てきたからである。
 世間を見渡してみると、坊主頭は特殊な職業についている人が少なくない。たとえば、暴力団関係者とくくられる強面の方々。幸いにも僕のクローゼットにダブルのスーツはないが、上下お揃いのジャージを着て、サンダル履きで近所を歩いていると、完全にその筋の方々のお友達である。
 うっかり間違えられそうなもうひとつのグループは、文字通りの坊主たち。オレンジ色のゆったりとしたシャツに、タイパンツなんかをコーディネートすると、バンコクで見かけた修行僧とまったく同じ姿になる。おそるべき坊主頭。東南アジアの仏教国であれば、町の人から施しを受けるメリットがあるかもしれないが、東京で好奇の目にさらされるのは、ごめんこうむりたい。
 坊主頭に似合うファッションについてあれこれ思い悩んでいたら、妙案が浮かんだ。ファッション界や音楽界の第一線で活躍する海外アーティストを見ると、おしゃれなスキンヘッドが多い。彼らを真似て、おしゃれな坊主頭になり、トレンドセッターを気取ってしまおうという寸法だ。海の向こうの坊主頭たちは、皆一様に特殊な美意識と哲学を持ち、流行とは無縁の出で立ちで個性を主張している。その中で僕がいちばん気になったのは、ボディビルダーのように体を鍛え、男らしさを殊更に強調した、スキンヘッドの一団だ。貧弱な体に坊主頭は似合わないが、屈強な体の上にのると、じつに収まりがいいのである。
 僕はさっそくスポーツジムに通い始め、マシンで体をいじめ、半年前の自分とは比較にならないほどのマッチョな肉体を手に入れた。そして、高校2年生の夏休みに開けた左の耳たぶに、先ほどまで領収書を挟んでいた金属製のゼムクリップを突き刺し、シャツを脱ぎ捨てて姿見の前に立ってみた。そこには、見たことのない新しい自分が映っていた。
 坊主頭にしようという思いつきが、43才の男の生き方に少なからぬ影響を与えている。はたして自分はどこに向かおうとしているのだろうか。

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1件のコメント

笑ったぁ〜(≧∇≦)
休憩時間に読んで、1人で笑ってしまいました!
ジムも坊主も計画性があっての事だったんすねー
こうなると、これから村瀬さんが何処に向かって行くか
俄然興味が出ますね(笑)

by 近所の大工 - 2014/06/05 3:18 PM

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村瀬 航太
村瀬 航太

むらせ・こうた/1970年、東京生まれ。確定申告書の職業欄に記入するのは「著述業」。自宅でクサガメの世話をしたり、大相撲中継や映画を観たり、マイナーな海外アーティストの音楽ライヴに足を運ぶ傍ら、出版編集にかかわる仕事をたまにしている。専門ジャンルはとくにないが、相手によって「写真が好きです」とか「実用書全般を手がけています」などと真面目な顔でテキトーにこたえている。

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