salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

四十二才の夏休み

2014-05-12
一年を 二十日で暮らす いい男

「一年を 二十日で暮らす いい男」
 悠々自適な力士の身分をうらやみ、やっかみ、からかった江戸川柳である。
 現在は一年6場所で年間90日開催されている大相撲だが、江戸時代は一年2場所で年間20日。たったこれだけの本場所興行で、一年を安泰に暮らすことができたのだから、庶民の目に力士が浮き世離れした存在として映ったのは当然かもしれない。
 そんな「いい男」の境遇に思いを馳せながら、我が身の日常を振り返ってみる。

 特別な用事がない限り、起床は午前10時だ。布団から出て最初にすることは、降圧剤を飲んで、ペットのクサガメにエサを与えること。その後、新聞を読みながら朝食をとり、植物に水を与え、洗濯機を回し、部屋の掃除をし、洗濯物をベランダに干すなどして午前中を慌ただしく過ごし、さあそろそろ仕事を始めようかなと思う頃、お昼休みの時間を迎える。
 本当は休憩なんかいらないのだが、気分転換は仕事の能率を上げるらしいので、しばしコーヒーブレイク。ついでにカメにおやつを与えたり、スーパーのチラシや読みかけの雑誌に目を通していると、あっという間に午後になる。
 気持ちを切り替えてパソコンを立ち上げると、友人や知人からの新着メールが届いていることに気づく。決して筆まめではないけれど、目の前の案件を保留にしたままだと他のことに集中できない性分なので、それなりにていねいに返事を書く。
 すべての返信を済ませ、2杯目のコーヒーを飲むためのお湯を沸かしていると、ゴトンと音を立てて玄関の新聞受けに夕刊が届く。テーブルの上をいったん片づけて、インクの匂いがする刷り立ての新聞を広げると、世間で起きているさまざまな事件が僕を驚かせる。
 政治家の献金疑惑に官僚汚職、振り込め詐欺、遅々として進まぬ震災復興、昨日まで平和で暮らしていた家族に襲いかかる突然の不幸、そんな記事に腹を立て、胸を痛めていると、今日までつつがなく無事に過ごしてこられたことが奇跡のように思えてくる。
 それにしても、肩凝りがひどい。肩凝りの主な原因は、血行障害や運動不足による筋力の低下だというが、ここ最近、急激に進行してきた老眼も肩凝りに拍車をかけているような気がする。僕は忍び寄る老いに焦りを感じて、二駅先のスポーツジムへ向けて自転車を飛ばす。週に4回通うことを目標にしているスポーツジムのトレーニングメニューは、30分のウェイトと50分のランニング。汗をたっぷりかいた後は熱いシャワーを浴びて、湯船につかる。
 帰路はちょっと遠回りして川沿いの散策路をサイクリング。ときおり橋の欄干から身を乗り出してミドリガメが泳ぐようすを眺め、ペダルを漕ぎながら夕食のメニューを考える。西の空がしだいに茜色に染まっていく。頬に当たる風がひんやりとしていてとても心地よい。

 一年365日の大半がまあこんな具合だから、僕の生活も「いい男」と変わりがない。力士との違いは、羽振りがあまりよくないことと、僕の暮らしぶりをうらやましいと思ってくれる人がまったくいないことだ。
 いよいよ大相撲五月場所が始まる。今場所注目の「いい男」は、三役昇進をめざす遠藤。15日間、テレビの前から離れることができない。


ペットのカメリ。甲長15センチ、体重520グラム。

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1件のコメント

ある歌手が、生活の柄という歌を歌いました。「歩き疲れては 夜空と陸との 隙間にもぐりこん で 草に埋れては 寝たのです」と。私も一度だけ、夜空と陸との隙間にもぐりこんで、草に埋もれて寝たことがありますが、そうして守らなければならない理想、そうしなければ守れないパラダイスは、私にはなかったようです。けれど、あの一夜の自由は、何物にも代えがたいものでした。あこがれる時間ではあります。村瀬氏の生活の柄は、少しわかりました。では、カメリの生活の柄と意見は? 彼女はどういうつもりでいるのでしょう。それも知りたいところです。

by 西東京のロビンソンクルーソー - 2014/05/12 8:22 PM

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村瀬 航太
村瀬 航太

むらせ・こうた/1970年、東京生まれ。確定申告書の職業欄に記入するのは「著述業」。自宅でクサガメの世話をしたり、大相撲中継や映画を観たり、マイナーな海外アーティストの音楽ライヴに足を運ぶ傍ら、出版編集にかかわる仕事をたまにしている。専門ジャンルはとくにないが、相手によって「写真が好きです」とか「実用書全般を手がけています」などと真面目な顔でテキトーにこたえている。

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