salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

四十二才の夏休み

2017-03-8
「寝るより楽はなかりけり…」。
一日10時間、眠るという話

 起きていてもやることはないし、見たいテレビ番組もないから、早く寝ることにしている。エアコンをつければ電気代もかかるし、外出すればお足も飛んでいく。だから、早めに布団に入って寝てしまおうという算段である。床につくのはだいたい23時ごろで、入眠は0時。それだけ早く寝れば早く目が覚めるだろうと思うが、起床は決まって午前10時ごろである。8時間弱だといわれる日本人の平均睡眠時間を考えると、少し寝すぎかもしれないが、これは血筋だからしかたがないとあきらめている。うちの父は80歳を超えても午前中はいきびをかいて過ごし、昼くらいになってモソモソと起き出して仕事らしきことをしていた。「寝るより楽はなかりけり、浮世の◯◯は起きて働く」。胸を張って堂々と言えることではないが、そんな環境が僕に少なからず影響を与えているのは確かである。
 世の中には、「寝ている時間は死んでいるのと同じで、もったいない」と考える人もいるようだが、僕にとっての睡眠は何物にも代えがたい充実した時間だ。とくに目覚める直前はもっとも贅沢なひとときで、僕はまどろむような浅い眠りの中で、夢と現実の世界を行き来し、この世では絶対に再会できない人と酒を酌み交わしたり、カロリーを気にせずに好きなものを腹いっぱい食べたり、初恋のあの子に告白したり、疎遠になってしまった友人との旧交を温めたり、総理大臣にデフレ脱却の秘策をアドバイスしたり、ふだん胸にしまっている不満を思いっきりぶちまけたりしている。しかも、夢の中ではどんな無軌道なふるまいをしても恥をかかず、自己嫌悪に陥ることもなく、支払いのツケも回ってこないのだから、こんなに愉快なことはない。まさに夢のようなひとときである。
 でも、このごろちょっと困っていることがある、朝、起きたときに腰やお尻のあたりが痛み、それが一日中、続いているのである。先日、そのことを日本睡眠科学研究所の人に相談したら、「10時間は寝すぎですね。しかも村瀬さんは胸郭が反っているから普通の人よりも腰やお尻に負担がかかっているんだと思います。だから適度に寝返りを打って、血流を良くし、腰やお尻にかかる負担をリセットしてあげてください」と注意を受けた。
 言われてみるとたしかに、僕は寝返りが極端に少ない。その証拠に、目が覚めたときに就寝時とまったく同じ姿勢を保っていることが多く、頭の位置が変わっていたり、掛け布団がめくれあがっていることはめったにない。つまり、寝相が良すぎるのである。自分の体型に合ったマットレスとまくらを新調すれば、腰痛はある程度解消されるだろうとのことだが、それには相当の出費を覚悟しなければならない。いいことずくめだと思っていた睡眠だが、まさかそんなところに落とし穴があるとは、夢にも思わなかった…。落語のまくらにもならないツマラナイ話である。


啓蟄2017

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

コメントはまだありません

まだコメントはありません。よろしければひとことどうぞ!

コメントする ※すべて必須項目です。投稿されたコメントは運営者の承認後に公開されます。


コメント


村瀬 航太
村瀬 航太

むらせ・こうた/1970年、東京生まれ。確定申告書の職業欄に記入するのは「著述業」。自宅でクサガメの世話をしたり、大相撲中継や映画を観たり、マイナーな海外アーティストの音楽ライヴに足を運ぶ傍ら、出版編集にかかわる仕事をたまにしている。専門ジャンルはとくにないが、相手によって「写真が好きです」とか「実用書全般を手がけています」などと真面目な顔でテキトーにこたえている。

そのほかのコンテンツ