2016-12-15
「オレンジ色の頭をした虫」
文章は起承転結が大事だという。そしてぼくも何かの本でそんなようなことを、疑いもなく書いた記憶がある。だけど、それは本当だろうか。起承転結を意識してそこに落とし込めば、どんなエピソードでも人の心を打つ話になるのだろうか。
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「オレンジ色の頭をした虫」
〔起〕……書き起こしで読者を引きこみます
天井に米粒ぐらいの大きさの虫がいて、とくに危害を加えるようすは無かったのでそのまま放っておいたら、数日後、同じ虫が窓枠のところにとまっているのを発見した。ぼくはふだん虫などに興味を示さないのだが、その日はなぜか心にとまり、どんな虫なのかじっくり観察してやろうじゃないかという気になった。間近で見ると、虫は予想していたよりも小さかった。ぼくは近眼用の眼鏡を外し、老眼が進んだ両目の奥にぐっと力を入れて、虫をにらみつけた。
〔承〕……起部で提示した主題を受けて話を展開させます
虫はこちらの気配を察したのか長い触角をぴんと伸ばし、頭を気ぜわしく動かして身構えた。ぼくはそのしぐさをもっとよく観察したいと思い、マクロレンズでピントを合わせるときの要領で顔をゆっくりと近づけた。すると、虫は得点を決めたサッカー選手のように前あしを広げ、頭を横に振った。ぼくはちょっとからかってみたくなり、ふぅーっと息を吹きかけた。虫は天を仰ぎ、拝むようなしぐさで前あしを頭の上ですり合わせた。その姿は滑稽であったが、お願いだからやめてくれと懇願しているふうにも見えたので、ぼくは息を吹きかけるのをやめ、静かに観察することにした。
虫はなかなかお洒落な風体をしていた。光沢のある黒色の胴体とオレンジ色の頭は、くりくりとした黒い眼と鋭い牙のせいでマントを羽織ったハロウィーンのかぼちゃのおばけのように見えた。この狭い部屋で同居していて、しかも数日の間に二度も会えたのだから、また近いうちに見かけることがあるにちがいない。ぼくはそんな期待をして窓を離れた。
〔転〕……場面や視点を変えて再び読者の関心を引きつけます
数日後、ふと、あの虫のことを思い出した。あのときから姿を見かけないが、どこへ行ってしまったのだろうか。米粒よりも小さい同居人を探すのは、とても困難なことに思われたので、ぼくはとりあえず捜索の手がかりをつかむために、ヤフーの検索で情報を集めた。「オレンジ色の頭をした虫」で検索をかけると、写真はすぐに見つかり、名前も判明した。正式名はクロウリハムシ(黒瓜葉虫)。きゅうりなどのウリ科の植物の葉を好んでたべる虫らしい。さらに検索を続けると、その情報はほとんどが駆除のしかたについてであり、たくさんの人が手をこまねいている様子が伝わってきた。
〔結〕……余韻を残し、全体を関連づけて締めくくります
身元が明らかになると、会いたいという思いはいっそう強くなった。害虫と呼ばれるあの愛くるしい虫は、あのときどうして必死な形相で命乞いをしたのだろう。ぼくはもう一度、自分の目で確認し、心の中で直接、問いかけてみたくなった。だけど再会から一週間が経つというのに、虫はいっこうに姿を現さない。窓を開けたすきに外へ飛んでいってしまったのか。ステレオの後ろあたりで仰向けになり干からびているのか。こうしてキーボードを叩く今も、ぼくの意識は部屋の壁に吸い寄せられ、虫の姿を探している。ぼくがうっかりダイソンの掃除機で吸い取ってしまっていなければいいのだけれど。
スマホで撮影したクロウリハムシ。小さすぎてピントが合わなかった。
1件のコメント
とっても面白く拝読しました。貴君の文章のうちで、忘れらないものの一つになりそうです。虫の観察にすぎないのに、たくさんのことを物語っています。それもさりげなく、おしつけがなしくないから愉快です。これはたぶん、詩です。
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