salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

四十二才の夏休み

2014-09-28
映画を観ても
すぐに忘れてしまうという話

 記憶力に自信がない。たとえば、人の名前をおぼえるのが苦手である。何年もいっしょに仕事をし、冗談を言い合ったり、お酒を飲んだりする仲なのに、いまだに相手の名前をちゃんとおぼえられない。請求書などを書くときに、今日の日付を正確に思い出すことも稀であり、今年が平成何年なのかを即答できたことは、これまでに一度もない。
 関心がないから、おぼえられないのだ。そう言われてしまえばたしかにそのとおりなのだが、興味があるはずの事柄でさえも記憶できないのは、きっと頭の中の部品が、先天的に何かひとつ足りないからだろう。
 僕は映画を年間200本近く観ている。にもかかわらず、これまでにどんな映画を観たのかとたずねられても、監督や出演者の名前はおろか、映画のタイトルやあらすじすら思い出すことができない。だから、同じ映画を何度も観てしまい、エンドロールが流れる頃になって、これ前に観たことがあるなと気づくのである。
 これじゃあマズイということで、映画鑑賞の備忘録をつくった。映画のタイトル、公開年、制作国、監督、出演者の名前、作品の5段階評価をエクセル表に打ち込んだものである。
 数えてみると、今日現在、鑑賞した映画の数は、洋画だけで1883本。よくもまあこんなにたくさん観たものだとあきれるのだが、それよりも驚くのは、ほとんどの映画について何もおぼえていないことである。記憶力の悪さは、映画鑑賞の妨げにもなっていて、主要な登場人物が3人以上いて物語が絡み合うと、映画のストーリーを追うことが僕には難しくなるのだ。
 ところがそんな僕の頭の隅に、ごくたまにだが記憶される映画がある。正確にいうと、思い出されるのはストーリーではなく、映画の中の一場面なのだが、主演女優の名前を失念しても、それは心のどこかに引っかかっていて、幼少の頃に刻まれた記憶のように、何かの折にふとよみがえってくるのである。
 それらはたいがい起承転結という展開の中から生まれたものではなく、劇的なクライマックスをとらえたものでもない。淡々とした描写の中に潜んでいたり、脈絡なく突然に現れたりもする。それは、風に揺れる洗濯物であったり、ボンネットの凹みだったり、無造作に束ねた髪の後れ毛だったり、そんなどうでもいいような事柄が、映画を観ている間も僕の心をとらえて離さず、映画のストーリーと向かい合うことを邪魔するのだ。
 話の主題とは関係のないところばかりに関心がいく癖は、ふだんの生活の中でも発揮される。目の前の相手が一所懸命に何かを訴えているときも、僕の興味は相手の鼻の頭のデキモノや忙しなく動く指先、髭の剃り残しに向いてしまうのだ。僕はそんな散漫な意識を見破られないように、さりげなく視線をそらし、相づちを打ってみせるのだが、話の内容はさっぱり頭の中に入ってこない。つまり、ここだけの話、何も聞いていないのである。
 しかしながら、と思う。人間には、自分にとって重要な情報だけを取捨選択し、インプットする力が自然に備わっているというが、そんなイメージの断片こそが、僕がこの世でもっとも愛おしいと感じているものでないか、と思い直すのである。収まりのいい結論や腑に落ちる説明に、僕はさほどキョウミがわかない。僕がひかれるのは、人生のあらすじからこぼれ落ちてしまう、いわく説明しがたい小さな興奮。そんなものはこれから先の人生にこれっぽっちの役にも立たないとわかっているけれど、どれもが曖昧な人生を形づくる重要なピースのような気がしてならないのだ。
 四十も半ばにさしかかった秋夜、今年150本目の映画を見ながら、そんなことをふと考えてみたりするのであった。

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1件のコメント

僕も頭が悪くて、人がちょっと驚くようなまとまった正確な情報が覚えられず、すぐに引き出すこともできないから、なかなか人の尊敬が集められません。そのことを人に黙ってずいぶん長く恥ずかしく思い、自分の大きな弱点だと感じてきましたが、ダメな自分の言い訳を代わりに言ってもらったようで痛快です。そして世界の理解の仕方までおすわったようで、仏像の優しげな表情がありがたいように、ありがたい気さえしました。でも、ちょっと誤魔化された気もしています。そこもまたいいところです。面白かったなー。

by EN - 2014/09/28 12:23 PM

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村瀬 航太
村瀬 航太

むらせ・こうた/1970年、東京生まれ。確定申告書の職業欄に記入するのは「著述業」。自宅でクサガメの世話をしたり、大相撲中継や映画を観たり、マイナーな海外アーティストの音楽ライヴに足を運ぶ傍ら、出版編集にかかわる仕事をたまにしている。専門ジャンルはとくにないが、相手によって「写真が好きです」とか「実用書全般を手がけています」などと真面目な顔でテキトーにこたえている。

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