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劇作家・平田オリザさんスペシャルインタビュー 第1回 演劇とコミュニケーション教育。

第1回 演劇とコミュニケーション教育。

2013年新書大賞4位の『わかりあえないことから〜コミュニケーション能力とは何か』(講談社現代新書)で、平田オリザ氏は「わかりあえないところから出発するコミュニケーションというものを考えてみたい」と記している。
ネット、スマホ、SNS、アプリ……。次々と生まれてくるコミュニケーションツールに翻弄されていくうちに、リアルなコミュニケーションも含めてどうつきあっていけばいいのか、正直わからなくなっていた。
理性も感情もひっくるめて混沌としたシステムになっている人間について、演劇でどう理解を進めていけるのだろうか?
編集部魚見(以下魚見) 平田さんは劇作家でありながら、大学の教授としても教鞭をとられています。そもそも演劇と教育が結びついたきっかけは何だったのですか?
平田オリザさん(以下平田) 仕事の依頼がくるのでやっているだけで、自分から積極的に教育をやりたいと思ったことは一度もないんです。
魚見 依頼があったとはいえ、教育に関わっていくのは大変なパワーが必要だと思うのですが、それでもやってみようと思われたのはなぜですか?
平田 向いていたんでしょうね。劇作家は最初から食えるわけではないので、30歳過ぎまで家庭教師をしていましたから。教えることがそんなに苦手でないのはひとつありますね。
それから、90年代の初めぐらいから、少しずつ世の中に名前がでるようになって、全国区になるのは95年なんですけど(※1)、テレビに出たりするようになりました。ただ、やっているお芝居はすごく地味で、いっぺんにお客さんが来るようなものではないので、なにをやっているのかを人に伝える必要があったんです。そうでないと、あまりにも新しいことだったので、極端にいうと、評論家でも俳優がアドリブでやっているんじゃないかって思われたりしたんです(※2)。

※1 代表作『東京ノート』で岸田國士戯曲賞受賞。平田作品は世界各地でも公演されている。
※2 淡々とした会話とやりとりで進行して行く演劇スタイルを打ち出し、新しい現代口語演劇の作劇術を定着させ、90年代以降の演劇界に強い影響を与え続けている。

魚見 それまでの演劇が西洋近代演劇を模倣して、「芝居がかった」表現だったのに対して、平田さんはリアルな話し言葉の芝居だったからですね。
平田 はい。そこで、私の芝居はどういう理論で、どういう理屈でできているかということをきちんと伝える必要がありました。もともとは新しく入ってくる劇団員向けに、演劇を理解してもらうためのワークショップをたまたま高校生とかにやってみたら、ある種の教育的な効果があったということです。
だから、最初のうちは高校演劇の指導が主だったんです。それからカルチャーセンターみたいなものもやりました。でもそれらは、演劇をやりたいという人が対象。それが95年から2000年ぐらいまでで、2000年から大学の演劇学科でも教えるようになりました。
その前後ぐらいから、教科書をつくるという話がきて、2002年にそれが採択されて小学校や中学校の一般的な授業もするようになったんです。徐々に、汎用性が発見されていったというか、ああ、こんなことにも役に立つんだと。まあ、人間ですから、人の役に立てれば嬉しいわけで、私としては、意図してそういうことをやっているわけではないんだけども、芸術というある大きな営みの、たまたまある部分が、今の時代に役立ったというか、必要とされていたということでしょうね。
平田オリザ
魚見 教育として演劇を教えていく中で、「コミュニーケーション」というテーマがフィーチャーされて、今の平田さんの活動のメインテーマのように受け取っているんですけど、それはどういうところから?

平田 コミュニケーションは、概念としてはもっと広いんです。諸外国ではドラマティーチャーというのがいるんですよ。とくにカナダとかオーストラリアみたいな多民族国家に多いんですけど、ニューカマーを受け入れたり、英語に自信をつけさせたりするのに、演劇は非常に有効なので、各校にいるんですね。ほとんどの学校で演劇が選択科目にもなっているので。

魚見 学校の授業の、「音楽」や「美術」のようなイメージでしょうか。

平田 はい。中高だと選択必修になっています。それを教えるのと同時に他の教科の先生と連動して、演劇的な授業を開発したりもするんです。ドラマティーチャーという存在は、日本の演劇教育関係者も知っていて、それをつくろうという運動もあったんですけど、ぜんぜん広がらなかった。で、あるとき、そんなに昔ではないんですけど、2007年とか8年ぐらいに、「ドラマ」じゃなくて「コミュニケーションティーチャー」と呼んだらいんじゃないの?と急に思いついたんです。
それでちょっとマニュフェストみたいなの書いて、知り合いの議員とか、文科省の役人とかにみせたら、「これはいけますよ」「これは今、いちばん求められていますよ」みたいに言われたんですよ。「そんなにドラマ嫌い?」と僕はちょっとショックも受けたんですけどね。もう、手のひらを返すように食いついてきてね。

魚見 確かに「ドラマ」とは印象がずいぶん違います。

平田 今はさすがになくなりましたけど、90年代の半ばまでは、地方にいくと、子どもをワークショップに出さないという親がいました。演劇をやると共産主義者になると普通に言われていましたから。実際に80年代まではそういうプロパガンダに浸かっていた側面があるからね。
なので、ドラマっていうものにまだまだ、トラウマもあれば、認知度も非常に低いんですね。演劇って非常に大げさなものであって、くさいものであって、なんでそれでコミュニケーションが養われるのか。表現力は養われるかもしれないけど、コミュニケーション能力がつくということになかなかつながらなかった。
でも、コミュニケーション教育といったとたんに、わーっと広がりました。特に同世代の友人に野党時代の民主党の議員たちが多かったので、彼らは新政権をとるための目玉が必要だった。そのうちのひとつに、「コミュニケーション教育」が入って行くわけです。で、僕は議員会館でもワークショップをしましたし、何度も勉強会に呼ばれて話をしました。

平田オリザ
魚見 そういう背景があったんですね。

平田 それと、たまたま大阪大学のコミュニケーションデザイン・センターというところに呼ばれたので、そのような理論と実践がちょうどいいタイミングで結びついたということでしょうね。

魚見 キーワードだけで、そんなに変わって行くんですね。

平田 世の中っていうのは、そういうのが求められているものなんです。ぼやっとしているものに、ふっと言葉を与えると、それがぐっと浸透して行く瞬間があるんですね。言葉を与えるのが作家の仕事であるから、それはしょうがないっていえばしょうがないんですけどね。

平田オリザ
撮影/岡崎健志
わかりあえないことから<br />
わかりあえないことから

コミュニケーション能力とは何か

平田オリザ
講談社現代新書


740円+税

近頃の若者に「コミュニケーション能力がない」というのは、本当なのか。
演劇という切り口から、日本語コミュニケーションを考えた平田オリザ氏の考察書。
アンドロイド版『三人姉妹』</p>
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アンドロイド版『三人姉妹』

原作:アントン・チェーホフ
作・演出:平田オリザ
ロボット・アンドロイド開発:石黒 浩(大阪大学&ATR石黒浩特別研究室)
2013年10月18日(金)- 19日(土)


会場:新国立劇場 中劇場 舞台上舞台

青年団オンライン<br />
アンドロイド演劇最新作。スペイン・台湾・ロシアと海外ツアーを終えて、2ステージ限りの凱旋公演!
かつては家電メーカーの生産拠点があり、大規模なロボット工場があった日本の地方都市。

円高による空洞化で町は衰退し、現在は小さな研究所だけが残っている。先端的ロボット研究者であった父親の死後、この町に残って生活を続けている三人の娘たち。チェーホフの名作『三人姉妹』を翻案し、日本社会の未来を冷酷に描き出す、アンドロイド演劇最新作。

もう風も吹かない<br />
もう風も吹かない

青年団第71回公演

作・演出:平田オリザ
2013年11月7日(木)- 18日(月) 13ステージ


会場:吉祥寺シアター

イープラス<br />
青年団本公演として8年ぶりに上演。
202X年、架空の青年海外協力隊第四訓練所。この年、日本政府の財政は破綻寸前となり、全ての海外援助活動の停止が決定される。

最後の派遣隊員となる青年たちの訓練所生活の、その寂しく切ない悲喜劇を通して、人間が人間を助けることの可能性と本質を探る青春群像劇。

016 劇作家・演出家 平田オリザさん Interview
第1回 演劇とコミュニケーション教育。 2013年10月5日更新
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劇作家・平田オリザさんスペシャルインタビュー 第1回 演劇とコミュニケーション教育。




ひらた・おりざ

劇作家・演出家・青年団主宰。こまばアゴラ劇場支配人。 1962年東京生まれ。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」結成。現在、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授。2002年度から中学校の国語教科書に、2011年以降は小学校の国語教科書にも平田のワークショップの方法論が採用され、年間30万人以上の子どもたちが教室で演劇をつくるようになっている。その他自治体やNPOなどと連携した演劇教育プログラムの開発など、多角的な演劇教育活動を展開。戯曲の代表作に『東京ノート』(岸田國士戯曲賞受賞)、『その河をこえて、五月』(朝日舞台芸術賞グランプリ受賞)など多数。2008年から世界初の試みであるロボット演劇プロジェクトを始め、フランスなど世界各国にて上演。

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