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AV監督 村西とおるさん スペシャルインタビュー (第1回)

第1回 年商100億の天国と借金50億の地獄。

‘80年代性春期を過ごした男性諸君なら誰もがご存知、AV界の巨匠・村西とおるさん。昭和のエロ事師として、つねに下半身に密着した人間の欲望ロマンを追い求めてきた村西監督。前人未踏のエロへの挑戦か、はたまた自制の利かぬエロの暴走か。その人並み外れた絶倫的創作欲が法に触れること前科7犯。米国連邦裁判所から懲役370年の求刑を下され、ハワイの拘置所で臭い飯を食わされ、さらには50億の借金地獄。どん底の艱難辛苦をナメ尽くしても虚心坦懐、虎視眈々とわが道をゆく、その不屈の生き様、永遠不滅のエロ魂とはいったい…
人生死んでしまいたいときには下を見ろ、俺がいる。
村西監督の激烈なサービス精神に、なぜか心底救われる者であります!
編集部多川(以下・編た)

数々の名作AVを世に送り出してこられた監督ですが、アダルトビデオの世界に入ったきっかけを教えてください。

村西

はじめは、いわゆる裏本の制作を手がけておりましたが、無修正はワイセツだということで指名手配になり、逮捕されてしまいました。今から30年程前でしょうか。それで前科一犯として出所した暁には、無一文になっておりました。それでどうしようかとなった時に、裏本時代の仲間がアダルトビデオメーカーに流れているのを見てこれだとひらめきました。そうだ、セックスを撮ろう!と。何といってもセックスを撮るのは、昔から得意分野でしたから。

編た

セックスに、自信があったと?

村西

いえいえ、自分のセックスそのものには自信はないです、まったくね。私が得意なのは、セックスの見せ方。その演出や表現の部分で、こうすればもっと興奮するんじゃないか、こんなスタイルはどうだろうと、次から次へとひらめいてしまうんですね。好きこそものの上手なれと言う通り、わたしもセックスが大好きだと、ただそれだけのことです。

編た

その監督の並々ならぬセックスへの情熱とエロい探求心が生み出した作品というのは、すぐにヒットしたんですか?

村西

それが最初は全然売れなかったですね。1日の売上は10本程度。まったくお金にならなかったです。仲間と2人、焼き肉を食べに行っても、豚足しか食べられなくて、1度でいいから焼き肉をお腹いっぱい食べたいって夢見てましたよ。「ああ、もし1日に30本や50本売れるようになったら、夢のような世界が訪れるんだろうな」ってね。それが1年もすると、夢が本当に叶ってしまった。時流というのは恐ろしいもので、一旦大きな波が来ると、海が割れて、土地が山が盛り上がり、新しい世界が現れる創世記みたいな、そんな感じで。あれよあれよと100本、500本、3000本と売上が伸びて、気づいたら1日の注文が1万本を超えていました。

編集部魚見(以下・編う)

時流に乗ったということは、時代の変化、ニーズに合致したってことですよね。

村西

ちょうどその頃は、1カ月に500店舗ぐらいの勢いで日本中にレンタルビデオショップができはじめた時期なんです。それでレンタルショップに納品するアダルトビデオの注文がどんどん増えて、わずか1年半足らずで100億円企業(苦笑)。

編た

明日を夢見て豚足をかじる生活から億万長者へ。まさにサクセスストーリーですね。そこまでお金が入ってくると「世界が変わった」という感じですか?

村西

5階建てのヘリポート付きのクルーザーを買ったり、1億のロールスロイスを乗り回したり。それはもうおかしいくらいお金が入ってくるから、そうなると人間、狂ってしまいますね。

編う

その当時、おいくつぐらいだったんですか?

村西

33歳ぐらいですか。たとえば、あなた方がうちのタレントだとすると、ちょっとお買い物とか言って、1回で3000万ぐらい使うわけです。で、ちょっと買い物しすぎて足りないなんてときには会社まで来てもらって「はい1500万」なんてこともあたりまえでしたから。

編う

現金で?

村西

現金です。事務所には出金用に常時2、3億は置いてあったでしょうか。だって年商100億で使っていいお金が70億だったらそうなっちゃうでしょ。月に7〜8億は使ってましたね。完全に人格が変わってましたから。

編た

やっぱりそこまでお金を持つと、人って変わるもんなんですね。

村西

変わりますね。あのままいったら、確実に死んでたでしょうね。自分の妻には、世界で2点しかない1億円の時計をプレゼントしたり。お気に入りの女性7、8人にマンションを借り上げて、ジプシーみたいにこっちで一発、あっちで一発、すべてがやりたい放題の日々でした(苦笑)。

編た

そんなイケイケな贅沢三昧の頃には、この成功がずっと続くと思っていたんですか?

村西

思っていましたねぇ。何しろ来る話、来る仕事、考えられないスケールの大きさでしたから、自分が大きくなったと勘違いしてしまうんですね。あるとき三菱商事から衛星放送の売却話が流れてきて、統一教会から19億で衛星放送センターを買ったんですよ。でも、あの統一教会に最も多額の寄付をしたのは僕だと思いますよ。印鑑や壷じゃなく(笑)。

編た

笑・・・、そこまで浮世離れした世界にいると、自分は選ばれた人間だと思ってしまうのかもしれないですね。その頃、アダルトビデオの監督業は?

村西

そうなるとバカらしくなってしまうものなんですね。別にあくせく苦労して作品を撮らなくても、今までのビデオを売りさばけば、お金はジャンジャン入ってくるわけですから。新しいものをつくるという意欲を失っていました。

編う

それでその後、何度も逮捕されて世間で騒がれるように・・・。

村西

基本的に何でも日本一、世界一をめざすという妙なクセがあり、これがダメなんだと思います。本にも書きましたけど、アダルトDVDを世に送り出したのは実は僕が初めてなんです。機材やシステムに5億ぐらいかけて、最初にソフト制作を始めました。まだ世の中にDVDが出回る前のことです。単純に、人のやらないこと以外は興味がないんです。そこは良いところでもあり、どうしようもなく悪いところでもあります(苦笑)。

編た

そこそこ、ほどほどの中間がないんですよね。とことん上がるか、とことん落ちるか、監督の話はとにかく極まってます(笑)。それでアメリカで逮捕されハワイの拘置所に入れられて、多額の借金地獄に陥って、マスコミや世間からも袋だたきにされるという普通の人間であれば死んでしまいたいような絶望の時期に、監督はどうやって立ち直ることができたんですか?

村西

ヘンな自信があったおかげでしょうね。セールスマン時代も裏本時代もAV時代も、いちおう日本一と呼ばれる実績は築いてきたわけです。だからたとえ50億の借金を背負っても、なんとかなるだろうと。簡単に返せるもんだとヘンな自信があったんですね。といっても、返済するには20年かかりますけど。

編た

返済するというのがスゴイですよね。たとえば自己破産とか、とりあえず今の苦しみをリセットする道はないわけじゃない。逃げよう、逃げたいとは思わなかったんですか?

村西

思えるものなら思いたい(笑)。けれども、それをしたらダメになると思いました。すごい小心者なんです。いくじなしだし、怠惰だし。でもね、そこでギブアップすると、自分の存在価値がなくなる。逃げる道もあるかもしれないけど、あえて逃げずに踏みとどまってると、人が深読みしてくれる。「史上最強に逆境に強い男」だって。まったくそんなことないのに。いつも泣いてるのに。

編た

違法ビザの罪で逮捕され合衆国連邦裁判にかけられたとき、それまで「監督に一生ついていきます!」と言っていた社員やスタッフがどんどん去っていったと著書にありますが、そういう孤独のどん底の中にあって、監督は人間不信にはならなかったんですか?

村西

それはないですね。人間っていうのは、そういうものだと思っていますから。一緒にいて得になるときには誰でも近寄ってくるし、損となれば離れていくものでしょう。自分もそうだから。たぶん、人もそうなんだろうと。

編た

たとえば、死にたくなるような不幸の底に沈んでしまうと、自分ひとりではどうにもならなかったりしますよね。精神的にも1人では立ち直れなかったり、現実的な局面を打開する方法も誰かの力を借りずにはいられなかったり・・・。

村西

セーフティネットというのはありますね。それまでの人間同士のつきあいの中で、あの人に相談してみたら協力してくれるんじゃないかと思える人がいないと、確かにひとりではどうしようもないときがある。自分がまともなときに、それなりにちゃんと人間関係を築いていたことで救われたというのはあります。

編う

ピンチのときに手の平を返すように去っていく人もいれば、手を差し伸べてくれた人も?

村西

いましたね。まさかこの人が助けてなんてくれないだろうという人が、力を貸して助けてくれました。

編た

ということは、逆もあるってことですよね。こいつは信じられると思っていた人間に裏切られるみたいな。

村西

昔、Vシネマをつくっている男が突然やって来て三千万円で作品を仕入れてくれないかと。今日中にお金がつくれないと死ななければならないと、涙を浮かべて懇願してきたんです。私の会社はAV専門だからVシネマを仕入れたところでどうしようもないんだけど。でも、死んでしまうのはかわいそうだと、三千万お出ししたんです。ということは一応、その彼にとって私は命の恩人ってことになると、私なんかはそう考えるわけです。こちらには何の得もなく、彼という人間に大金を預けたわけだから。ところがその後、私が倒産して落ちぶれたとき。スタッフと打合せか何かでホテルでお茶してると、そのとき泣きながら三千万借りていった男がいかにもリッチな風貌で現れ「監督、その節はお世話になりました」と頭を下げるわけです。「いやいや、そんな大したことじゃないよ」と、私は逃げるようにその場を立ち去りました。だってみっともないから。落ちぶれた姿を見せたくないから。で、外に出ると、スタッフが後から追いかけてきて「監督、あいつ知り合いですか? 監督のこと話してましたよ」って。聞けばその男「村西のバ〜カ、アイツまだ生きてんのかよ。なんでこんなところにいるんだ」とあざ笑っていたという話です。

編う

自分は情けをかけて助けてあげたつもりでも、それを恩に感じるどころか何とも思わない人もいると。監督はそのとき怒りや悔しさを感じなかったんですか?

村西

あ、そうかと。そういうことなのかと。人に何かをしてあげるというのは、そういう風にしてあげた自分の気持ちをわかってほしいということでもあるんです。だからね、それをわかってもらえなかったときは、恨みを自分の中に持ちますよ。
つまり誰かに何かを「してあげた」ときは、いつか「恨み」を持つかも知れないぞと、そこはよくよく注意しておいた方がいいですね。


撮影/岡崎健志
006 AV監督 村西とおるさん Interview
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3件のコメント

勉強になります。まったくその通りですね。敵だと思ってた人が真剣に手伝ってくれたり。落ちてみないと分からないですよね。サラリーマンやボンボンには分からないことですよね(笑)

by まさ - 2014/06/29 11:28 PM

全くその通り
。尊敬します

by まさ - 2014/06/29 11:29 PM

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コメント

AV監督 村西とおるさん スペシャルインタビュー (第1回)






1948年生まれ。福島県出身。上京後、バーテン、英会話セットのセールスマン、テレビゲームリース業を経て「裏本の帝王」となるが、全国指名手配となり逮捕される。その後、AV監督となって今日に至る。
前科七犯(うち米国で一犯)。これまで3000本のAVを制作し、7000人の女性のヒザとヒザの間の奥を視認してきた、顔面シャワー、駅弁の生みの親。「昭和最後のエロ事師」を自認し、「AVの帝王」と呼ばれている。
http://muranishi-ch.com/

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