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劇作家・平田オリザさんスペシャルインタビュー 第2回 演劇は漢方薬みたいなもの。

第2回 演劇は漢方薬みたいなもの。

編集部魚見(以下魚見) コミュニケーション力と環境との関係性について伺いたいのですが、私は今年44歳で人数も多い世代なんですけど、すごい田舎だったので小中の9年間、1クラスだったんです。少し前に中学のときの担任の先生と再会したとき、クラスで既に人間関係ができあがっていて、先生だけが部外者。だから、察し合うんだけど、人を思いやる表現や、挨拶さえもいわなくなっている。これをなんとかしないといけないと必死だったと聞いたんです。
それで面白いと思ったんですけど、私は中学生の頃から海外に出たかったんですよ。英語がしゃべりたかったんです。それがなぜなのかわからなかったんですけど、英語は挨拶もよくするし、褒める表現も豊かにある。そういうのに憧れていたんだなあと、気がついたんです。

平田オリザさん(以下平田) まさにその通りで、小さな狭い世界でのコミュニケーションは、それはそれで良さもあるんですね。察し合ったり、わかりあったり、居心地がいいんです。日本全体も居心地がよくて、こんなに住みやすい国はあんまりないんです。そうはいっても、鎖国するわけにはいかないので、やっぱり外国の方とも仲良くしなきゃいけないし、仕事もしなきゃいけないし、日本にもたくさん海外の方に住んでいただかないとこの国は滅びてしまうわけで、それはどうにかしないといけないんですね。それは居心地の悪いことなんですけど、それを引き受けないといけない。でも、そこには新しい喜びもあるわけです。そのことがひとつあります。

魚見 はい。私は風土や文化、言葉も違う外国の人と、少しでも話ができて共有できることがあると、すごく嬉しいです。

平田 それから、内側のコミュニケーションというのは、あまり言葉を必要としないんですね。逆にいうと、あまり余計な事をいうと、野暮だとか、あるいは含むものがあるとかって言われるので、それを少しずつでも変えていかないといけないということがあるんですね。

魚見 付き合いが長くなるほど、本当のところは言いにくいという雰囲気もありますよね。

平田 いろんな見方があって、日本社会は昔からそういう内向きだったということは、これはひとつ事実としてあると思うんです。それがさらに、少子化や核家族化、地域社会の崩壊によって加速して行って、どっかの段階で社会に出ていくのに必要な能力を、内向きだったとはいっても以前は地域社会で身に付けてきたものが、それさえもなくなったしまった。もともとの土壌がそういう対話とかに弱いのに、さらになくなってしまった。

平田オリザ
魚見 現代にこそ必要とされるものなのに、それを育てる環境が逆方向にいっちゃったんですね。

平田 そうですね。もともと日本人は対話力がないから、だからダメなんだという考え方とか、あるいはいやいや、昔はそんなもんは現場で習ったもんですけどなあ、みたいなおっさんたちがいうような、どっちかの議論になりやすくて、偏っちゃうんですよね。ちゃんと冷静に整理して、昔もなかったですよね、今はさらに厳しくなっているんですよ。でも、世の中はすごく対話力を要求していますよね、というふうにこの3つの要素をきちんと整理しないと、精神論になっちゃうんですね。

魚見 「今の若いものは…」みたいな話になっちゃいますものね。それは意味がない。

平田 別にコミュニケーション能力はみんなちゃんと持っているので、それをどうやって引き出していくかということが教育なんです。新たにつける能力ではないんですね。

魚見 そこで、役割を与えられるとできる気がする。
私の経験でいうと、英語で話すという役割を与えられると、挨拶もできたり、恥ずかしいようなことも言えたりします。

平田 内側に向いている社会の中で、わざわざしゃべったりするのは、恥ずかしいことでもあるので、内側じゃないっていうことに一旦しないといけない。ほんとにいいのは、外国の方とかに入ってきてもらったりするのがいいんだけど、そんなことは簡単にはできないから、そうすると、今ある社会の中でシュミレーションしていくしかないんです。その場合には誰かがその役割を演じないといけないんですよね。

平田オリザ
魚見 それは、むりやりにでも演じていくということですか。

平田 はい。それはそうです。

魚見 平田さんはNHKの『あまちゃん』ってご覧になっていましたか? 主人公のアキは東京にいるときは無気力、無関心…という存在感のないキャラクター。でも北三陸にいって、東北弁をしゃべりはじめてから、どんどん街の中心人物になって、アイドルになったらアイドルの役割を演じて行く。そうやって、平田さんのおっしゃる「演じる」という見方で『あまちゃん』もみても面白いなと思いました。

平田 そうですね。人間はいろんな仮面をかぶって生きているので、本来はその役を演じるのは楽しいことのはずなんですけど、どっかひとつの仮面が重すぎると、体が傾いてしまって、ちょっとつらくなるんだと思うんですね。
今の子どもたちでいうと、以前は、学校と家庭と地域社会と3つぐらいの中でバランスがとれていたのが、今は学校の比重が非常に強くなっている。
特に一番最近出てきたものが問題を起こしやすいんですけど、今で言うと、LINEですね。LINEでずっとつながっちゃってるから、24時間学校の友だち関係が続くわけですよ。これはやっぱり、普通の人間だってしんどいと思いますよ。でも、子どもはリミットがかけられないから、メッセージがきたら返信しないとだめでしょ。これはわかりやすい例です。でも、こんなのはすぐ変わります。たいていの人間のコミュニケーション能力は、自浄作用というか、落ち着くところに落ち着くので、ここにもヒステリックになってはいけないんです。だからLINEはダメ、みたいな話ではないんです。

魚見 そのうち、自然淘汰されるんですね。

平田 飽きてくるしね。いま犠牲になっている子はかわいそうだけど、無理なことは続かないんです。それは、落としどころがちゃんとある。
魚見 少し安心しました。

平田 社会学の先生方に聞いても、いまでいうところのアプリみたいな、新しいソフトが登場したからといって、それによって人間のコミュニケーションの本質が変わるということはないです。でも実際、学生たちのほうが不安なんですよね。「私たちネットばかりやっていて、大丈夫でしょうか」って。
だけどね、私たちの世代は、親から長電話するなって言われた世代でしょ。家に電話は1個しかない。今で言うと家電しかなかったから、それをおさえられると親は困るわけですね。「長電話するな。お前たちは全部電話で済まして、手紙をかけ」とね。
今の子たちは、親に「もう全部メールですまして、直接電話をしなさい」と言われる。どっちだよ!って話なんです(笑)。大人は、自分の育った環境のコミュニケーションが一番良いと思って、子どもたちに押し付けるから、新しいツールが出てきたときに必ずアレルギー反応を示すんですけど、そんなものは全く関係ないんです。だからそこで、慌てたりヒステリックにならないほうがいい。ちゃんと子どもたちは自浄作用をもっているので。ただ、そのときにやっぱり、過渡期に落ちこぼれたり、犯罪に巻き込まれたりする子どもがいるので、それはちゃんとケアしてあげないといけない。
ということなんです。

魚見 ケアの方法というのは?

平田 まず、ダメな方向は、じゃあもう携帯はもたせない、インターネットは触らせない、みたいなこと。ネットとつきあわないわけにはいかないし、携帯電話を持たないわけにはいかないので、まったく、問題解決になっていない。じゃ、どう使うかということをちゃんと教えていったほうがよくて、先端的な方達はみんな同じ考えですね。
僕のようなもののところに防犯やネット犯罪に絡んだワークショップの依頼がくるのは、最終的なところは生のコミュニケーションの潜在的な力を強めていく以外に問題解決にならないってことなんです。そこにみんなどっかで気がつくわけですよね。

魚見 演劇で生のコミュニケーション能力をつけていくということですか?

平田 演劇って、漢方薬みたいなもので特効薬ではないんです。だから傷ついた子を癒してあげることはできないんだけれども、事件を起こさないようにする、傷つかないようにする、という体質を強化するみたいなのが、私たちの仕事なんですね。
平田オリザ
撮影/岡崎健志
わかりあえないことから<br />
わかりあえないことから

コミュニケーション能力とは何か

平田オリザ
講談社現代新書


740円+税

近頃の若者に「コミュニケーション能力がない」というのは、本当なのか。
演劇という切り口から、日本語コミュニケーションを考えた平田オリザ氏の考察書。
もう風も吹かない<br />
もう風も吹かない

青年団第71回公演

作・演出:平田オリザ
2013年11月7日(木)- 18日(月) 13ステージ


会場:吉祥寺シアター

イープラス<br />
青年団本公演として8年ぶりに上演。
202X年、架空の青年海外協力隊第四訓練所。この年、日本政府の財政は破綻寸前となり、全ての海外援助活動の停止が決定される。

最後の派遣隊員となる青年たちの訓練所生活の、その寂しく切ない悲喜劇を通して、人間が人間を助けることの可能性と本質を探る青春群像劇。

016 劇作家・演出家 平田オリザさん Interview
第1回 演劇とコミュニケーション教育。 2013年10月5日更新
第2回 演劇は漢方薬みたいなもの。

2013年10月25日更新
第3回 私たちはいろんな役を演じ分けている。 2013年11月5日更新
第4回 人生のさびしさに耐える力をつけるのが教育。
2013年11月25日更新

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ひらた・おりざ

劇作家・演出家・青年団主宰。こまばアゴラ劇場支配人。 1962年東京生まれ。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」結成。現在、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授。2002年度から中学校の国語教科書に、2011年以降は小学校の国語教科書にも平田のワークショップの方法論が採用され、年間30万人以上の子どもたちが教室で演劇をつくるようになっている。その他自治体やNPOなどと連携した演劇教育プログラムの開発など、多角的な演劇教育活動を展開。戯曲の代表作に『東京ノート』(岸田國士戯曲賞受賞)、『その河をこえて、五月』(朝日舞台芸術賞グランプリ受賞)など多数。2008年から世界初の試みであるロボット演劇プロジェクトを始め、フランスなど世界各国にて上演。

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