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作家・平野啓一郎さんスペシャルインタビュー 第3回 ネット社会と秩序の行方。

第3回 ネット社会と秩序の行方。

魚見幸代(以下魚見)

残酷な現実を目の当たりにして、絶望を感じ、どう生きていこうかわからなくなったとき、なにかしら「強い」ものに、自分の中の良心が引きつけられるということもあるのではと思うことがあります。今年は地下鉄サリン事件から20 年という節目ということもあって、オウムのことを取り上げる番組がありました。それで後継団体に若い人が入会しているという報道もあったり。先ほど平野さんがおっしゃったヘイトスピーチの実態はよくわかっていないのですが、過激さを求めてしまう心境の背景にあるものが気になります。

平野啓一郎さん(以下、平野)

ネットは今、曲がり角にさしかかっていると思います。僕の実感だと、最初はすごくアナーキーな世界で、ネットは社会的な属性は関係がないから、敬語は使わなくていいとか、殺伐としたところがありました。ユーザーが増えてくるとともに、SNSのサービスを提供している側も秩序の整備をして棲み分けが進んでいったと思うんです。嫌なところにいかなければ、嫌な目には遭わないし、ツイッターでもブロック機能があったりと、使い心地はよくなった。

魚見

「棲み分け」というのは、実感しています。自分のタイムラインをみると、例えば選挙のときなどは、「行きましょう」と呼びかけている投稿が多い。でも報道では過去最低の投票率だったとか。温度差を感じたりします。

平野

棲み分けが進みすぎて、政治的な議論でも、それぞれの場所でそれぞれに勝手なことを言って、永遠に平行線という状態になってきていると思います。例えば慰安婦問題でも例えば5個対立点があったとしたら、永遠に5個のまま。どこかで議論をして、少なくともそのうち3個は、こっちの言っていることがデマで、こっちの言っていることが正しいというように論点を減らしていかないと。

魚見

ネットは自分で選べてしまうので、自分の思考性に偏るんですよね。思考の近い声は大きく聞こえ、対立した声は聞こうとしないか、聞こえてもただ反発してしまう。大きなメディアで報道されていないことがネットで取り上げられたりすることもあり、信用できないという思いも強くなるし。本来は大きなメディアで対立点が俯瞰できればいいと思うのですが…。

平野

ネットはもうひとつ上のレベルで、ある程度秩序化された状態で、改めて対立点を調整し論点を減らしていくようなレイヤーを作っていく必要があると思います。そこまでいかない状況の死角として、偏った言説にすぽっとハマってしまうと、抜け出せなくなる。イスラム国に入っていく人たちだって、若い人たちはネット経由が非常に多い。もちろん、その背景には彼らの社会的な問題がありますが、ほかに情報はいっぱいあるといっても、出られなくなってしまう。

“平野啓一郎”
魚見

ネットの情報は不確かなものがある、とわかっているつもりでも、知っている人や信頼している人がシェアしていると、安易に信じてしまったりもします。

平野

巧妙にもなってきていますよね。僕もリツイートするときには気をつけていますけど、間違うこともあります。あとで、それはおかしいってフォロワーから反応がきたりして。

魚見

意外です(笑)。

平野

この世界は嫌なこともいっぱいあるけど、それでも一応、秩序を守っていきたいと思うのは、恩恵を被っているからだと思うんですよね。
全部ぶっ壊してしまって、水道をひねっても水が出ないとか、歩いている人が急に襲いかかってくるとか、今のイラクのような状態になるのは嫌だから、恩恵を被っているレベルでは維持して、社会が良くなればいいと思うんです。

魚見

なるほど、そういう視点では考えたことがなかったです。でも確かに、日本はこれからどうなっちゃうの?と思うことがあっても、街に出るとみんな楽しく買い物したり食事をしたりしていて、自分もそのひとりで。ああ平和だなとそこに落ち着きますね。

平野

『決壊』で書きましたが、それでも、本当に自分がこの社会からなんの恩恵も被っていない、嫌な思いしかしていないということが募っていったとき、「なぜ自分がこの世界の秩序を維持するために協力しないといけないのか」という気持ちになるのは、わかる気がしました。単にぶっ壊すのか、まったく違う秩序をつくろうと、今ある秩序を破壊していくという発想なのか。だから、自分が住んでいる社会を維持していくためには、みんなが恩恵を被っていると感じられることが大事です。一部の人たちだけが、自分たちだけで住み心地のいい世界をつくってしまうと、不満を感じている人たちは、その社会から離脱する。

“平野啓一郎さんインタビュー"
魚見

『決壊』の「離脱者」という存在は、だから、他者を殺して秩序を破壊した…。

平野

そうさせないためには、教育や愛国心、日本の伝統文化などは関係ないんですよ。この秩序は守りたいと自発的に思えるかどうかが大事です。

魚見

いま毎日新聞で連載されている『マチネの終わりに』では、イラクのことを書かれていますね。

平野

2003年以降、イラクはどうしてうまくいかないかというと、いろいろ理由はありますが、一つには武装勢力がめちゃくちゃやって、それを鎮圧するんです。そこまではいいんですけど、鎮圧した側がインフラを整備してくれるかどうかはとても大きなことなんです。鎮圧後、蛇口をひねったら水が出るとか、ゴミを収集してくれるか、というところで鎮圧した側が機能しないと、やっぱりそれに対して「その秩序ではない。蛇口をひねったら水を出してくれる統治にしろ」という反乱が起きる。その人たちが一般市民を巻き込んで殺すから、また鎮圧する。その繰り返しなんですよ。

魚見

インフラの安定がどれほど大切かは、災害のときに実感します。

平野

イラクは極端ですけど、先進国もいまある秩序をどのくらい守っていきたいかというときに、一人ひとりがどのくらい得をしているか、ということがすごく大きいと思います。

魚見

格差の問題も影響しますね。自分だけが得しているのではなく、まわりも一緒にという気持ちが成熟していくには大切なのかと。

平野

そうですね。僕だけがいい生活をしていても、自分の知り合いが生活に困っていては一緒に生活をしていてハッピーではないですね。自分のまわりの人だけというと狭いかもしれないけど、知り合いの知り合いの知り合いって、3つくらい行ったら、とてつもなく先までいくといいますよね。だから、自分の知り合いの知り合いぐらいまで平穏にとみんなが思えば、かなり広い範囲でカバーされるはずなんですよね。そういうことを今考える時期だと思うんですけど、ちょっと今は殺伐としていて、その雰囲気は嫌ですね。

““平野啓一郎さんインタビュー"


“決壊"/
決壊
平野啓一郎
新潮社

“空白を満たしなさい"/
空白を満たしなさい

平野啓一郎
講談社

“私とは何か"/
私とは何かー「個人」から「分人」へ
平野啓一郎
講談社現代新書


撮影/岡崎健志

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ひらの・けいいちろう

1975年愛知県生まれ。北九州市で育つ。京都大学法学部卒業。1998年『日蝕』でデビュー。同作が第120回芥川賞を受賞する。2009年『決壊』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、『ドーン』で第19回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。ほかの著書に小説『葬送』『高瀬川』『顔のない裸体たち』『かたちだけの愛』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』などのほか、エッセイ『文明の憂鬱』『私とは何かー「個人」から「分人」へ』など。現代文学の旗手として活躍するとともに、美術、音楽、時事問題など幅広い分野で積極的に発言し、近年は新しい人間観「分人主義」を提唱し注目を集めている。現在、新作長編小説『マチネの終わりに』を毎日新聞にて連載中。

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