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疫学者・作家 三砂ちづるさんスペシャルインタビュー 第3回 出産は喜びに満ちた”セクシャル“な経験。

第3回 出産は喜びに満ちた”セクシャル“な経験。

魚見幸代(以下、魚見)

妊娠・出産の楽しさについては、河瀬直美監督の映画『玄牝(げんぴん)』を観たときに、そんなに気持ちのいいものなのか…と、とても驚きました。今はほどんどが自宅出産ではなくなっているから、そういうことをもっと知る機会があればいいのにと思うのですが…。

『玄牝(げんぴん)』
愛知県岡崎市で自然分娩を推奨している産婦人科医・吉村正氏が院長を務める吉村医院(現在は吉村氏は引退し、田中寧子医師が院長として吉村氏の信念を引き継いでいる)に、河瀬監督が16ミリフィルムを片手に約1年間密着したドキュメンタリー。

三砂ちづるさん(以下、三砂)

出産がセクシャルな経験でありうる、ということが知られていない理由はいくつかあります。『玄牝(げんぴん)』で見られたようなお産を私も見てきました。それは素晴らしいものである、と言うと、今は「私はそういう経験ができなかった」と言う人がいる。「そういう経験をできない人もいるから、経験できない人を傷つける」と。

魚見

先日もNHKで帝王切開でお産をした女性たちの中には心の傷を受けている人が少なからずいる…という番組がありました。

三砂

何を言っているのかな、と思うんですね。結婚・妊娠・出産・子育てというのは、自分の思うようにならないことを受け入れていく経験ですから、仕事や勉強のように予測したことはできないです。発展途上国では立派な医療施設がなくて死んでいく人もいるのに、医療の助けを受けて自分が元気で、赤ちゃんが元気で、何の文句があるんですか。妊娠出産って、そういうことだと思うし、思うようにならないし、命をかけることだし、そこで子どもが死んだとしても、よしんば自分が死んだとしても、それはしょうがない、と人間は受け入れざるは得なかった。人間はそういうふうに人間を産んできたんだから。なんとかそれを安全にしようとして医療を発達させてきた。帝王切開も、これで命をたすけられたのだから、ありがたいかった、として受け取るべきこと。それを、帝王切開になっただけでなぜ、落ちこまなければいけないようになってしまったのか。
厳しい言い方ですが、自分はいいものを得損ねた、損した、もっといい経験のはずだったのに、くやしい、という感覚があるわけでしょうか。そんなに人生で素晴らしいものを全部手に入れることはできないですよ。感謝してほしいと思いますね。

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魚見

母乳保育も同じですか?

三砂

そうですね。母乳も「赤ちゃんと私以外、何も要らないわ」と思うような本当に楽しい経験です。でも、母乳が出ない人もいるのにそんな事を言うなんて…という声が上がる。

魚見

子どもを授かっているのに、そういうのはさみしい気がしますね。

三砂

もうひとつは、先ほどからお話しているように、現代は生の原基と敵対する文明のうちにあるわけですから、自分のボーダーラインがなくなったり、大きなものとひとつになったり…そういう喜びに満ちた経験はなるべくしないようなシステムを作り上げてきたともいえる。

魚見

具体的には、どういうシステムですか?

三砂

『玄牝(げんぴん)』の吉村医院でやっているような、女性の持っている力と赤ちゃんの産まれる力を最大限に生かすというお産がありますね。人類はそういうお産を長いことやってきてたことでしょう。そして、近代医療が20世紀後半から出てきました。もちろん、私たちは近代医療から非常に大きな恩恵を受けています。感染症もなくなってきたし、手術もできるようになった。何よりも、私は「病気はあなたのせいではありません」と言ったことが素晴らしいと思っています。

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魚見

確かに、ウイルスとかアレルギーとか、ストレスとか、外的要因で病名をつけてもらうことで社会的説明もつきます。

三砂

病気になったのは、親を大事にしていないからとか、性格が悪いからとか、先祖崇拝が足りないとか、そういうことは言われないでしょ。病院にいったら、その人がどんな人でなしか、どんな高貴な人か、どういう人間であるかということはさておき、病気だけを治療してくれる。それが近代医療なんですよ。私は素晴らしい癒しの体系だと思います。近代医療ができる前の医療の体系は、もっと病は全人的なもので、関係性の中から生まれるものだった。

魚見

さきほどの、親を大事にしていないとか…。

三砂

だから、お祓いをしたり、拝んだりして治していたわけです。でも近代医療では、本人とはなんの関係もない、ウイルスやアレルギー、ストレスといったよくわからない外的原因によって健康が害されていて、本人はその被害者であるという体系を作った。
でも、病気になった人はほんとうはみんなわかっているんですよね。

魚見

自分に要因があると?

三砂

学生さんが卒業論文のために、病気を患った人をインタビューした調査があるんですが、大きな病気をした人は、人生の中で、あのときが病気の始まりだった、とほぼ全員、ピンポイントで言えるそうです。「胃がすごくムカムカしてたけど、胃薬を飲んでやり過ごした」とか、「頭が痛かったけど、一晩寝たら大丈夫だった」とか。でも本当は体の異変を感知した時点で、生活と関係性を改善すべきだった。働き方を変えるとか、周囲の人間関係を変えるとか、そういう中で体調は変わっていくべきだった、と実はみんなわかっていた。

魚見

よく寝るとか、バランスの良い食事をするとか、休むとか?

三砂

そうです。でも、大事な仕事を休みたくないから・・・といったことで、自分をごまかして結局重い病気になった…ということが経験した人は自分でわかっているんですね。つまり、いくら近代医療が病は外からやってきたもの、といってもやはり反省すべきところはあったと思うんですよ。でも近代医療は、本人を責めないで病気だけを退治して、なるべく死なないように、痛くないようにする。その近代医療に出産が入ったときも、なるべく死なないように、痛くないようにということを目標にしたんです。
そこには、出産でセクシャライズな経験をするとか、赤ちゃんの力を使って運で喜びや楽しさがあるとことはビルドインされないわけです、もちろん。

魚見

自宅出産や助産院の出産でないから、身近で出産の喜びを知る機会がなくなったという理由だけではなくて、病院での出産自体が、自分の体や赤ちゃんの生まれる力を使って出産するというやり方ではないんですね。

三砂

自宅で出産していたときは、その力を上手に使わないと危ないわけですから、そういう力を使うような出産方法が伝えられていて、そこには喜びもビルドインされていました。だから、結果としていっぱい産んだりしていたんだとも思うんですけど、近代医療の枠組みにはうまくフィットせず、継承されなかった。
でも、毎日お産をみている助産婦さんや産科医の人たちは、やっぱりこれは医療の力を越えた、なにかとても大事なものがあるんじゃないかとわかるんですよ。必ずわかってくる。だから、吉村先生みたいな人がときおり出てくるんです。

魚見

吉村先生はお医者さんだけど、助産師さんのように見守っている感じなんですよね。

三砂

産爺ですね。医療で手を出さない方が、女性だって美しいし、赤ちゃんだってピカピカだし、俺は男だから美しいものを見たい、というような。それが吉村先生のスタンスだったと思います。

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魚見

出産の楽しい経験については、いろいろな要素が重なって、伝えられる機会が減っているんですね。

三砂

でも、先ほどから言っていますが、生まれて次の世代を残して、死ぬという生の原基にビルドインされている喜びのひとつだと思いますから、それは伝えていくべきだと思いますね。経験できない人がいるとしても、そこに別のサポートは必要であるとしても、人間の出産が喜びに満ちた経験である、と伝えることは希望というものなんじゃないかと思いますね。


撮影/岡崎健志
018 疫学者・作家 三砂ちづるさん Interview
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みさご・ちづる

1958年山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。ロンドン大学衛生熱帯医学院(London School of Hygiene and Tropical Medicine) リサーチ・フェロー、JICA(国際協力事業団ー当時)の疫学専門家として約15年間、疫学研究を続けながら国際協力活動に携わる。2004年4月、津田塾大学国際関係学科に教授として就任。 「生の原基」としての女性のありよう、妊娠、出産、こども、について公衆衛生研究、国際保健協力、教育、小説、エッセイ、NGO活動などを通じて関わる。研究を通じて「変革の契機となる出産」、「月経血コントロール」、「おむつなし育児」などさまざまな体の知恵の復権も提唱する。

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