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疫学者・作家 三砂ちづるさんスペシャルインタビュー 第2回 なぜ少子化対策に、保育所なのか。

第2回 なぜ少子化対策に、保育所なのか。<br />

魚見幸代(以下、魚見) フェミニズムが政治や経済の要求の上にあるものとは、考えたことがなかったです。まんまと乗せられてしまった感じですね。

三砂ちづるさん(以下、三砂) 別にそれが必要ではないとは言いません。この社会で生きていく上で、政治的なことに関わることも、経済的なことに関わることも大切です。ただ、そちらにコミットしようとすればするほど、人間としての生の原基から敵対する。それは結局、自分が女性として生きることと反対にあるんだということのつらさをわかっていないと。そういう構造がかきたてる雰囲気に利用されてしまいますから。

魚見 今なら、よくわかりますが、若い頃はただ、働いて活躍したいと思っていました。女性として生きる喜びがあることも頭にはありましたが、なにと闘っていたのかはわからないけれど、とにかく負けたくないと働いているうちに、どんどん男っぽくなっていくんだなと思いました。
三砂さんとよしもとばななさんの対談本『女子の遺伝子』でつぎの一節を読んだとき、胸が苦しくなりました。

 よしもと これを言うと私めちゃくちゃ反対されるんですけど、体のことを思うと、女の人はそんなに働かないほうがいいんじゃないか、そんなふうにはできてないと思います。
 三砂 リプロダクティブ・ライフというか、だいたい子どもを産むぐらいの年齢というのは、世間で言う重責は本当はやらないほうがいい。
 よしもと 本音ではそう思います。これもいつも言って、「やる気をそがないで」と怒られるけど、自分がもし男になったと思って考えて、どんな女の人と結婚したいかって考えてみると、案外物事は簡単に見えてくると思うんですけど。でも、それは言っちゃいけない(笑)
 『女子の遺伝子』(亜紀書房)より引用

私、自分では出しゃばらないように気をつけているつもりなんですけど(笑 こう思っている時点でアウトですが)、初対面の人に「面倒くさい女性だ」と言われたことがあるんです。なんて失礼な人だと思ったんですが、にじみ出ているんだと思います。頑張って働いているんだって。それで、ばななさんの言葉に、ドキッとして。
とはいえ、やはり働くことは面白い。三砂さんが教えていらっしゃる津田塾の学生さんも、働いて活躍したいと大学に入ってきていますよね。

三砂 私は女性が仕事をすることをまったくやめるべきだとは全然思っていないですよ。今この世の中で生きていくために、もちろん、女性も仕事をするほうがいい。子育てしている人生だけじゃ面白くないし、かっこいい女性にはなれないし、魅力的に見えない、というのはよくわかる。ただ、だからといって性と生殖をないがしろにする人生というのは、女性にとっては体に負担だし、非常に厳しい人生だということを考えたほうがいい、ということですね。
魚見 では、どうしたら?

三砂 どんな風に仕事をしたいのか、どんな風に生きていきたいのか。経済の論理だけでいいのか、ということですよね。それこそフェミニズムや女性解放運動のおかげでいろいろな制度が整ってきて、女性が仕事をしていく上で、女性であることを抑えつけないといけないような時代ではありません。あとはもう、女性自身の選択の問題、という良い時代になってきていると思います。だから、そのようになさればいいと思いますよ。
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魚見 確かに、良い時代になってきています。
三砂 ここ(津田塾大学)はキャリア志向の大学なので、全員が就職しますけど、ここ5、6年、みんな結婚も早いし、子どもも早く産むな、と感じています。そ仕事も辞めていない。結婚・妊娠・出産をすることで、思っていたほど出世は早くないかもしれないけど、20代でそういうことをする人は確実に増えた、という実感がある。
それにつけても、心配なのは今の30代後半から40代の人たち。
魚見 はい。
三砂 その世代はやっぱり、“イデオロギー”にかりたてられた。女性も社会へ出て、負けちゃいけないんだ、結婚・妊娠・出産はしなくてもいいんだ、という・・・。ここまで浸透するのは、世界でも珍しいかもしれない。日本人って、すごくまじめに“イデオロギーにかりたてられる”ようで、その犠牲になっているのがその世代だと思うんですよ。

魚見 はい。
三砂 そういう雰囲気をあおってきた団塊の世代、あるいはそれ以上の人たちはつらい時代だといいながら結婚もしているし、子どももいる人が多い。今の20代は仕事もするし、パートナーもいるし、子どももいる。
歴史的に振り返ると、おそらく現在の30代後半から40代くらいだけが孤立するんですよ。その世代が高齢になったときに、なんでおひとりさまでいいと思ったんだろう、自分たちの人生ってなんだったんだろうと、すごく悩むのではないか、と目に見えているので、個人的には一生懸命結婚を紹介したりしますけど…なかなか難しい。その世代をどうやって“救済”するかというのは、けっこう課題だなと思いますよ。
アベノミクスとか、経済界がいっていることを聞いていると、女の人ってひょっとして利用されているんじゃないの?っていうのが誰の目にも明らかになってきているんでしょうね。
だって、言説がおかしいでしょ。例えば、「少子化対策とは、保育所をつくること」だ、と、何の疑問もなく、みんな思っていますよね。

“三砂ちづる”
魚見 思っています。
三砂 現実に子どもがいて、子どもを預ける保育所がみつからない人が、もっと保育所をつくってほしいと言っているのはわかるけど、なぜ少子化対策が保育所なのかということは、よく考えるとわからないのではないですか?
魚見 それは別の問題ということですか?
三砂 保育所をたくさんつくったら、女性はもっと子どもを産むようになるのか? 公衆衛生の分野で、保育所をたくさんつくったら本当に出生率が上がるのかという論文を探したんですけど、みつかりません。では、なぜそういう政策になっているかというと、公衆衛生やその屋台骨として人間の行動を観察をし、リスクを同定する疫学の分野ではなくて、経済学の分野で論文が出ているんですね。疑問をもった公衆衛生を学ぶ大学院生が調べてくれました。近代経済学は、ホモエコノミクスを前提にしています。ホモエコノミクスとは、人間は自分の利益を最大にするように行動するものである、という考え方です。でも実際、自分の利益だけで行動しているような人間は、単なる人でなしですよね。
魚見 そう思います。
三砂 ノーベル平和賞を受賞したアマルティア・センというインドの経済学者はそういうのは合理的な愚か者だと言っています。人間は自分に一銭の得にならないけど他人のためになにかをしたり、自分に関係ないけど、地球の裏側の人のことが気になるとか、もっと倫理的な動機によって動くものであると。人間は自分の利益だけを目標に生きているわけではない、というところから人間開発という考え方もでてきますが、現代の社会は、その近代経済学のホモエコノミクスで動いています。
魚見 自分の利益を最大限にするための少子化対策が保育所ということですか?

三砂 ええ。それを前提として、家計ごとに、子どもにかかる費用と、子どもがその家庭にもたらす効用とのバランスで子どもの数が決まると経済学ではいっているようです。
魚見 なんか、すごい合理的な考えですね。
三砂 で、女性の社会進出が進んでくると、女性も働けるようになって家計が大きくなりますよね。一方で、妊娠出産をして、仕事ができなくなると女性の収入は家計からなくなります。そうして得られなくなった所得を育児の機会費用といっています。女性が働かないと育児の機会費用が高くなるというわけですよ。この機会費用が大きいと出産の意欲がそがれてしまうから、この機会費用を抑制するために、妊娠出産をしても働き続けられれば、女性はもっと子どもを産んでくれるだろう。そのためには保育所が必要だという考え方です。
魚見 経済学部だったのに、「機会費用」という言葉が入ってこなくて、理解が追いつきません(苦笑)。本来稼げていたはずの収入を得る機会が損なわれるから「機会費用」なんですね。つまり、保育所をつくって、その得られなくなるお金を得られるようにしようと。
三砂 ええ。それでいろんな推測値が計算されて、これだけ保育所があれば、女性が子どもを産んでも仕事を辞めなくなるだろう、という論文がいろいろ発表されている。あくまで、もともと、推定、なんですよ。それを元に政策ができていて、保育所をたくさんつくらないから子どもが産めない、という論理になっているんです。
魚見 理解できました。
三砂 これは人間の行動の面からのエビデンスではありません。つまり「保育所がたくさんあることが女性が子どもをもっと産む事のプロテクティブ・ファクター(防御因子)になっている」というような科学的根拠ではないんです。若い疫学研究者や大学院生がそういう調査もしてみようとしていますが。現実に自分たちのことを考えればわかるけど、保育所がたくさんあるから、さあ、では子どもを産もう、とか、よし、結婚しようとか、思うはずがないじゃないですか。でも、なんとなく、「保育所がないから少子化になる」という論調に説得されてしまっている。

魚見 ほんとだ…。またしても、説得されている…。
三砂 利益だけを追求するような人間が前提にされて組み立てられてきた経済学の理論、それも推定値に、結局女性たちも雰囲気でのっかっている。それに全然気づいていない。
よく考えたら、おかしいと思いますよね。保育所がたくさんできたら、子どもがたくさん産めるようになるって。
魚見 気持ちは置いてかれてますね。

三砂 そうでしょ。そんなふうに、子どもの数を決めないでしょ。子どもにかかる費用と子どものもたらす効用とか、普段の暮らしの中で誰も計算しないでしょ。
なんとなく、仲良くしてたら、身ごもってしまった。よくわからないまま子どもを産んじゃった。二人目を授かったから、育てたとか。計算していたらとてもできないでしょう。若い頃は誰でもお金、ないんだから。もっといい加減で、感情的なことだと思う。
だから、本来の意味での少子化対策はもっと妊娠出産の楽しさが女性に伝わっていって、私もこういうことをやりたいな、と思って、やる人が増える、ということではないでしょうか。でも、そのことには、女性たちもなかなか気がつきにくい。「生の原基に敵対している文明」に在る私たちの哀しみのひとつでしょうか。

“三砂ちづる”
撮影/岡崎健志
018 疫学者・作家 三砂ちづるさん Interview
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みさご・ちづる

1958年山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。ロンドン大学衛生熱帯医学院(London School of Hygiene and Tropical Medicine) リサーチ・フェロー、JICA(国際協力事業団ー当時)の疫学専門家として約15年間、疫学研究を続けながら国際協力活動に携わる。2004年4月、津田塾大学国際関係学科に教授として就任。 「生の原基」としての女性のありよう、妊娠、出産、こども、について公衆衛生研究、国際保健協力、教育、小説、エッセイ、NGO活動などを通じて関わる。研究を通じて「変革の契機となる出産」、「月経血コントロール」、「おむつなし育児」などさまざまな体の知恵の復権も提唱する。

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