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社会学博士 大澤真幸さんスペシャルインタビュー 第3回目

第3回 大義は何処に〜 今どきピースボート物語。

編集部多川(以下多川) 自分たちの祖母は、戦争の悲惨を生き抜き、親の世代は幼少期に戦後の混乱や貧しさを乗り越えてきたという、ひとつの大きな物語を持っています。けれどそれは、ないに越したことはない不幸や苦労なわけですよね。でも、それがないがために「生」を感じられない精神が人間にはあるのだとすると、幸福になりたいのか、絶望したいのかどっちなんや・・・みたいな疑問が沸いてきます。

大澤真幸さん(以下大澤) 戦争、死、貧しさというのは、それ自体は望むべくもないことなんだけど、ではなぜ悲劇が肯定されるかというと、その悲劇と向き合うことで、何か別のものが肯定されているからなんですよ。
たとえば古い例だけど、昭和の漫画「巨人の星」。あの星飛雄馬という主人公は、野球のために、人生において大切なあらゆるもの、家族、恋人、友だちを捨てていく。遂に最後は、自分の体もボロボロになってしまう。つまり彼は野球に殉じたわけです。俺は人生のすべてを捨てて、野球に生きた。それが美しい物語になるためには、この「野球のために」っていう大義が必要なんです。
今の時代に何がないかというと、そういう「○○のために」という大義がない。僕はそれが現代のすごく苦しいところだと思うんですよね。今、人々はそういう「何か」をすごく渇望しているんじゃないかと。
多川 家族のため、恋人のため、愛する者のために生きるというのは、それは個人の幸福の追求であって「大義」ではないですもんね。
大澤 古市憲寿くんという若い社会学者が書いたピースボート体験を元にした若者論『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』(光文社新書)という著書があってね。それを読むと、たとえそれが何であろうと「大義」というものの重要性がよくわかります。
余談ながらピースボートのことを説明すると、もともとピースボートは、辻本清美さんたちが世界の様々な問題を現地の市民との交流によって考えようというスローガンのもとに始めた国際交流と平和をめざした世界一周旅行。船で世界を旅することがどうして世界平和につながるのかという因果関係は微妙によくわからないんだけど(苦笑)、まあ、それを始めた人たちは、民主主義、平和、憲法9条が大事だと思っている人たち。けれども、古市さんの本によると、現在ピースボートに集まる人はどうかといえば、特に民主主義や平和思想を唱えるどころか興味を抱いたこともなく、実のところ“最も安い世界旅行”ってことで集まった人も結構いるらしい。ピースボートは営利目的ではないNGO団体が運営していて、団体のためにアルバイトをすると、その分さらに旅行代金が割引になる。たとえばポスターを1枚貼るといくら割引とかになっていて、3千枚貼ると無料になるらしい。3千枚貼ったヤツは、ゲームでいうと「全クリ」みたいな感じで尊敬されるとか、ピースボートは通常廃棄処分になるようなボロ船で、ギリギリ満身創痍で世界の海を渡っているとか、外から眺めていると、現在のピースボートには、なかなかツッコミどころ満載なんだよね。
多川 それって、競馬レースを引退して遊園地で子どもを乗せるのが精一杯の老いぼれ馬で日本縦断の旅に出るようなもんですよね(苦笑)
その本は読んでないのですが、個人的に昔から「で、何がしたいの?」みたいな胡散臭さを感じるところは多々あったり。
大澤 そう、だからエンジン故障などトラブルの連続で、しょっちゅう碇泊予定が変更になるらしい。参加者の主流は20代ていどの若者なんだけど、たまに会社を引退したシニアの方が乗ってたりして、その人たちは団塊世代で社会常識や反骨精神があるから「この予定変更の多さは、契約違反じゃないか」と「訴えてやる!」みたいな騒動になる。何しろ、リスボン3泊の予定が3時間で終わったり、寄港予定のないフロリダに1週間停泊とか、行き当たりばったりムチャクチャなわけ。ところが、若い人はそういう争いごとを好まない。じゃあピースボード側の事情を察し、怒り心頭のシニアたちに意見を言うかというとそんなこともない。それで、積極的な若い人がどういう行動に出たかというと、「ケンカをやめてください」っていうビラを配った。「私たちは、夫婦喧嘩をする両親を見る子どもの心境です。お父さん、お母さん、ケンカをやめてくださいっていう気持ちです」って。ビラを配ってケンカをとめるって、ワケわかんないけど、本人たちは真面目に考えた答えがそうなんだよね(苦笑)。

多川 笑・・・でも、そのピースボートとしては何かしら「民主主義」や「世界平和」につながる取り組みや活動をするんですか?
大澤 自分たちの内輪の喧嘩に対してさえも、横で「ケンカやめて」と泣いているだけで、何の解決策ももっていない人たちが、「世界平和」のためとか言っているのですから、はたから見ていると、笑ってしまいますよね。でも、一応、航海中は「憲法9条の講習会」とか、さらには「憲法9条ダンス」みたいなものもあって、HIPIHOP風のラップに乗せて踊ったりするらしい。で、ほとんどの若者は憲法9条の中身なんてまったくわかっていない。わからないけど「ダンスは好きだしぃ、ダイエットにもなるしぃ」と前向きに受け入れて、憲法9条ダンスに参加する。旅行中、毎日ラジオ体操みたいに。
多川 基本、素直でポジティブですよね(苦笑)。
大澤 それはもう何とかして成長したい、自分の生き方を探したいという前向きな「やる気」はある青年たちですからね。だから10〜20日やってるうちに、だんだん憲法9条の大切さがわかってきた気がするとか言い始める。そこで古市氏がアンケートをとると、憲法9条の穴埋め問題の正答率は3%ていど。「9条は大切」「9条は守るべき」と9条に対する理解は深まっているはずなのに、9条の中身はサッパリみたいな(苦笑)。
多川 「憲法9条」がどうというより、大きな理想や目標を連帯して成し遂げようとするときの精神の高揚感や共に生きている臨場感、いわばグルーブ感みたいなものを感じたかったということなんでしょうか。
大澤 古市氏の著書には書いてないけど、僕は彼らが何を求めてピースボートに乗り込んだのかというと、やはり物語に骨格をなす大義っていうか、そういうものを探しに行ったんじゃないかと思います。大義が一番ありそうなところだから、何とか自分でも「その気になりたい」って思っているんですよね。だけど、なりきれなかったなっていう気持ちで帰ってくる。
多川 彼らはそこで何を得て帰ってくるんでしょうか?
大澤 古市さんの著書が、社会学的におもしろいところは、帰国後の彼らの追跡調査をやっていることです。ピースボートに行った仲間と同窓会的な飲み会を開いたり、極端に仲良くなるとルームシェアしたり、ホームパーティを開いたり、そこそこみんな仲良くうまくやってて、基本的にはハッピーエンド。
多川 友だちづくり、ですか。いや、まあそれでもいいんですけど、何かこう不完全燃焼な物足りなさを感じてしまうのですが・・・
大澤 確かに「憲法9条」は彼らにとって、結局どうってことなかったなってことではあるわけ。毎日「憲法9条ダンス」を踊って、途中で理解が深まったような気分になったけど、戻って来たらすっかり忘れている。憲法9条は全く関係なくなってる。でも、そこそこ仲良のいい友だちができたから、それはそれでいいんじゃないか、というオチなんです。けれども、ここでもうひと捻り考えないといけない。ピースボートに参加した若い人たちは、世界平和に人生を賭けたいと思って乗り込んだのならオチとしてわかりやすいけど、そんな人はごくわずかしかいない。彼らはそもそも世界平和に興味がないし、憲法9条にも興味がない。色んな国をまわって、色んなことを感じて、色々勉強になったというけれど、まわった国を地図上で指すこともできない。唯一の成果は、色んな友だちと仲良くなったこと。それなら、世界一周旅行と同じように、毎日合コンでもしたらいいじゃないかというと、そうではない。合コンでは、そこそこ仲良くはなれなかったはずです。ということは、いくらダミーとはいえ「憲法9条」があったおかげで、「そこそこ」と言えるような水準の仲良しになれたんですよね。つまり、うまく物語にはならなかったけれども、「憲法9条」で何とか物語を作ろうとした。そのおかげでその後、ルームシェアするぐらいの仲良しになれた。そういう意味では、いかに「大義」というのが重要かがわかるわけです。
撮影/編集部
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社会学博士 大澤真幸さんスペシャルインタビュー 第3回目




おおさわ・まさち

1958年長野県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。社会学博士。千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。現在は明治大学非常勤講師を務める。著書に『不可能生の時代』(岩波新書)、『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎氏との共著/講談社現代新書)、『二千年紀の社会と思想』(太田出版)、『夢よりも深い覚醒へ 3・11後の哲学』(岩波新書)など多数。思想月刊誌『THINKING「O」』(左右社)主宰。

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