salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

The Odd Family

2012-10-22
妊娠と出産の間

 妊娠するということは、ナンツーカ、こそばゆくも恐ろしい不思議な経験である。特に私の場合、計画してどうこうというアレではなかったので、喜びを上回る純粋な「衝撃」があった。
 掃除をしていたら、ひょっこり出てきた妊娠検査薬。以前使った2本入りの残りの一本、はてどうするか。置いとくのもジャマだし、使ってみるか…。こんな気まぐれにもほどがある状況で、まさかの受胎告知。まあ驚きますわな。1分前、親と言えば自分の両親だったはずなのに、今は自分がそっち側にカテゴライズされている。わけがわかりません。言ってみれば、ある日突然上司に肩をたたかれ、「君、明日から親って国に転勤ね。まあ20年は帰ってこれないから、そのつもりで」と謎の辞令を言い渡されたような、そんな感じ。「いや、確かに何となく異動の希望は出していたけれども、いきなり言われても心の準備が…。大体20年って、長えなオイ!」みたいな、妙な動揺がありました。

 そもそも親という国自体に色々な噂があって、概ね「わりと楽しい」とはいうものの、中には「泣きたくなるほど金がかかる」「異様に疲れる」「殺されかかった」といったネガティブ情報もそこそこあって、不安感をあおることこの上ない。毎日どこかで起きている子供にまつわる事件にしたって、自分が親という立場になって考えれば、被害者だろうが加害者だろうが、どちらも辛い。赴任が20年じゃきかなかった場合、私個人の人生は一体どうなるのであろうか。

 加えて、女には出産というおまけまでついてくる。 何とか腹を決めて出国しようとした途端、空港からつまみ出されて「アンタはコレ」といきなりオールを手渡され、イカダが浮かぶ船着き場に強制連行。「うまくいけば5~6時間で着くから。死ぬほど辛いけど、頑張って漕いでね」と大海原に放り出されるわけだ。係員は 「何かあったら救助隊が行くし、死にはしません」と笑うが、語尾には小さく「多分」が付いている。しかも航海についてのHow toはかなりアバウトで、最終的に全ての質問に対する答えは、伝家の宝刀「個人差」で煙に巻かれるのであった。 雑すぎ!

 せめてもの気休めにと、本を貪り読み、ネットを駆使して諸先輩方の経験談を調べ上げるも、出てくるのは読んでるだけで内股になるような血生臭い武勇伝ばかり。最後は藁にもすがる思いで、猫のポーズ(ヨガの安産ポーズらしい)やら安産スクワットやらに手を出すものの、頭上には燦然と輝く「気休め」の文字。残り1か月を切る頃、と言っても出航予定日もかなりいい加減だから、数分後便座に腰かけた瞬間、いきなり「しゅっぱ~つ!」とか言われる可能性もあるわけで、9か月を超えた頃には、私は立派な情緒不安定になっておりました。だって、自分でもまともに見たことのない穴から人間が出てくるなんて、そんな悪趣味な奇術、無理でしょ! 命の誕生=痛みに耐えるなんて間違ってる! ドメスティックバイオレンス反対! しかし無痛は高い! 麻酔の知識もないから子供への影響もわからなくて怖い!え~い、もうこうなったらやるっきゃない!(by土井たか子)

 というわけで、精神的には殺るか殺られるかのデスマッチ状態でありましたが、よく考えたらデスどころか新しい命の誕生なのであった。35歳にして初めて感じる、生死をかけた崖っぷち感。妊婦ってもっとほんわかしてるのかと思っていたけど、私に関して言えばホルモンが乱れに乱れ、ほぼ正気を失っておりました。
 そしてこの約1か月後、私は3日間オールをこぎ続けた挙句、遭難して救助隊に助け出されることになるわけですが、それはまた別のお話。

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熊倉 圭
熊倉 圭

くまくら・けい/ 1973年生まれ。ライター。東京都出身、東京都在住。某外資系企業の人事総務部に所属しながら、こっそり執筆中。好きな作家は新田次郎。好きな監督はファレリー兄弟。「とりあえず」が口癖。胃腸が強い。

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