salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

WHERE IS THE PATH IN THIS TRAIL? 〜わき道へ一歩、逸れた世界〜

2016-02-7
進歩のあとの回帰

自転車でアフリカを旅していた先月までの9ヶ月間、インターネットがほとんど繋がらなかった。

現地の約9割近い人が携帯を所有してはいるものの、ネット接続ができる携帯を持っている人はごくわずか。インターネットカフェはある程度大きな街にしかないし、あったとしても回線がぶちぶちと切れる。そして何より、丸一日停電という日も頻繁にあるくらいだから、私たちは自然とネット離れ生活をスタートした。

ネットを開くと波のように押し寄せてくる多大な情報量に少し疲れていた私にとって、これはもってこいの機会。にも関わらず、いざネットが完全に使えないとなると、どこかそわそわしている自分がいた。
過去何年もの間四六時中オンラインでいた習慣からだろうか、あるいは故郷や外の世界から取り残されるような不安だろうか。とにかくネットが比較的つながる場所を見つけると、ここぞとばかりに調べものやメールのやり取りに丸一日没頭した。

そのネット禁断症状のようなものは数ヶ月間続いたが、ネットの接続状況はアフリカを北上するにつれ悪くなる一方。稀に繋がったとしても、EメールとFacebookのメッセージを確認するのでやっとなほどだった。

それから3ヶ月、4ヶ月と時間が経過するにつれ、さすがにオフラインでいる毎日に慣れてきた私たち。ついには、たとえネットが繋がっても15分ほどしか使わないようになった。
自ら使わないでおこうと意識してそうしたのではなく、15分後には「あれ?あとネットで何がしたかったんだっけ・・・?」といった感じで、長時間インターネットで何をしていたか分からなくなったのだ。

その後1ヶ月ぶりにネットが繋がったときも、画面を開いた瞬間は久しぶりのネット開通に興奮するのだが、やっぱり15分も経つと満足してしまう。
やることといえば、家族に生存確認のメールを送り、溜まったメッセージに返信し、カウチサーフィンをチェックするくらいで、あとは特にやるべきことが見当たらなかった。

そうして6ヶ月が経った頃、私たちにある変化が起こった。
いつものように朝日を浴びながら自転車を漕いでいると、頭の中が妙にクリアなのだ。雑念も心配事もない、とてもフラットな状態。まるで、パソコン画面に開かれたいくつものタブを、一気に消去したような。

唯一の外からの情報といえば、今自分の目に映るもの、聞こえてくる音、匂い、その時感じること、それが全てだった。

考えてみると、それは子供の頃の感覚によく似ていたような気がする。大人になった今、その感覚をはっきりと思い出すことはできないけれど、その時見たもの、感じたことが、そのままそっくり自分に反映されるような、とてもシンプルな感覚だったように思う。

いつからか私は無意識のうちに、ほぼ全てといっていい事柄を何かしらのフィルターを通して眺め、考えている。そのフィルターはインターネットの情報に限らず、映画、本、人から聞いた話まで様々だ。
そのこと自体について以前から頭の中で理解はしてはいたものの、感覚としてそれを体感したのは初めてのことだった。

私がこの経験から感じ、考えたことを、このコラムを読んでくださっている皆さんと共有し、共に思いを交わすことはできる。だけど残念ながら、経験そのものを共有することはできない。
経験はいつだって、自らの経験でしか体現できないのだ。

アフリカの旅を一旦終え、今また一時的に24時間オンライン状態に戻った私は、ネットのない日々を振り返ると同時に、「回帰」という言葉について考えていた。

回帰の反対語である「発達、前進、進歩」などの言葉は世間で常に語られているけれど、「回帰」という言葉はそれほど耳にしない。

行き過ぎてるな、これは違うんじゃないかな、と疑問に感じたら、一周して元に戻ってみてもいいんだと、最近特に思う。一度得たものを手放したり、ブレーキをかけることは、時には前へ進むことよりも難しく、勇気もいるし時間もかかる。
だけど、進歩のあとの回帰は、ふりだしへ戻るのではない。

前進したあとは、少し立ち止まり、辺りをゆっくり見回してみる。

そんな心のゆとりを保ちながら、また新たな経験が始まる。

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Mayu Rowe
Mayu Rowe

ロウ 麻友 / 旅するデザイン・ライター。1986年生まれ、大阪出身。20歳でインテリアデザイナーとして社会に出た後、活動の場を広げるため渡英。そこで現在の夫と出会い、一歩踏み込んだ旅へと魅了されていく。彼と共にヒマラヤ登山、日本ヒッチハイク縦断などの旅を終えたのち、南アフリカへ移住。しかし2015年春、南アフリカ生活にピリオドを打ち、自転車でアフリカ大陸縦断の旅へ出る。

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