2014-11-5
自分で選ぶ、はじめての一歩
「デザインの仕事」って、こうゆうものなのか。
疑問を抱くことをまだ知らなかった二十歳になったばかりの私は、とにかく言われるがままに目の前の作業をこなしていた。週休1日、残業代なし。憧れていたインテリアデザイン事務所での仕事は、噂で聞いていたとおりタフで地味なものだった。書いても書いても終わらない図面作成、先輩の目を伺って終電まで帰れない日々。だがたとえどんなに待遇が良くなくても、自分がやりたかった仕事をしているんだ、仕事というよりも今は勉強なんだ、と自分を奮い立たせて一切を疑おうとしなかった。そうして忙しい毎日にどんどん飲み込まれ、気が付くと職場での私は自己を閉ざすようになり、無意識のうちに考えることを避けるようになっていった。
土曜の晩に仕事が終わってから日曜日の夜まで、一時も体を休めず毎週遊び倒した。そうすることで内面のバランスを何とか保っていたように思うが、それが逆に自分の二面性をより露にすることとなった。言葉を閉ざした職場での自分と、妙に活発な週末の自分。どちらが本当の自分なのかが分からなくなる。大人がいう「社会」とはこうやってやり過ごすものなのだろうか?
腑に落ちる答えは何も見出せないまま1年半が過ぎた頃、メディアから不景気という言葉を毎日耳にするようになる。そして、私の勤めるデザイン事務所はまさにその打撃を受けたようで、仕事の量がぐっと減っていた。もうすぐアシスタントではなくなる直前の、大きな変化だった。
多忙は心身共に疲れるものだが、暇はもっと辛い。嫌でも色んな考えや思いが頭の中を絶えず行き来する。毎日そういった時間を数時間過ごしている間に、自分自身と向き合わずにはいられなくなった。
本当にこれが、自分がしたかったことなのか?単に「デザインの仕事をしてる自分」に陶酔しているのではないか?このような生活をこれからもずっと続けるのか、、、? 人生で初めて、道に迷った時だった。
その頃よく、専門学校時代に初めてドイツとデンマークへ行ったときのことを思い返していた。斬新な建築物やデザイン、開放的で個性のある人々。そこにあるすべてが魅力的で、まさに夢の中にいるような時間だった。自分がいる場所とは何もかも違う外国の空気や町並みを思い浮かべると、今悩んでいることがとてもちっぽけに思えて、私を遠い世界へ連れていってくれるのだった。
初めのうち、その記憶たちは現実逃避のための1つの要素に過ぎなかったのだが、日々外国の情景に想いを馳せているうちに、海外で生活してみる選択肢もあるのではないかと考え出した。しかし、どこか特定の国に行きたいというわけでもないし、海外生活のためにどういった手順を踏めばいいのかも全く検討がつかなかった。そして何より、これはただ現状から逃れたいがための一時的な気持ちなのではないかという疑問が、実際行動に移すことをしばらく踏み止めさせた。
自問自答をひたすら繰り返す悶々とした数ヶ月を過ごした後、やっとの思いでとりあえずワーキングホリデーを斡旋する会社で話を聞いてみることにした。すると今まで不透明だった海外生活までの足取りがくっきりと見え、驚く程に現実味を増していった。さらにタイミング良く、イギリスのワーホリが今まで1年間だったのが翌年から2年間滞在可能になると聞き、何か縁のようなものを感じた。
今振り返ると、必要な情報を得て斡旋会社から去る時にはもう、私の心は決まっていたように思う。単純かもしれないけれど、その時私に必要だったのは一歩を踏み出す勇気と、無知からくる根拠のない不安を取り除くことだった。そして、私の何十年もある(であろう)人生のうちの、たった2年間を海外で過ごすか過ごさないかの二択ならば、確実にそのチャンスは自分のものにすべきだと、強く確信した。
当時の私にとって、会社に退社を告げることや、一人で異国の地イギリスへ旅立つことは、まるで戦地へ旅立つかのような必死の決断だった。行くからにはデザインの仕事に就くと家族や友人に宣言したものの、仕事が見つかる保証など何もない。またその頃、仕事が多忙ではなくなった分プライベートがとても充実し始めていて、なぜ今自ら日本を離れる必要があるのか。ともよく思った。しかしそういった不安や寂しさが押し寄せてきたときはいつも、想像もつかない新たな生活や帰国後の自分をできるだけリアルに思い描いてみた。すると、私の心は自然に期待と程よい緊張感で満たされていき、この不安や寂しさでさえも、体感すべき大切な感情なのだと感じた。海外へ旅立つことはほんの始まりに過ぎず、ゴールはそのずっとずっと先にあるのだ。
後先のことを計画的に考えて行動する性格だった私は、この時初めて、先の予測できない道を選んだ。その理由はいたってシンプル。未知の世界でよりわくわくしたかったから。進むべき道に迷ったとき、頭で論理的に考えるのもいいけど、全身の感覚を大切にしてみてもいいんじゃないか。そう考えたとき、私の中からふっと何かが抜けていくような気がした。
そしてこの解決策が、今後さらに思わぬ場所へ私を導くことになることを、この時の私はまだ知らない。
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