salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

晴レルヤ!

2018-10-25
1時間と、少し。

仕事が終わり、大崎駅から山の手線の電車へ乗りこんだ。新宿で降りて地下鉄へ乗り換えると20分ほどで自宅へ着くけれど、なんだか今日はまっすぐ帰りたくない気分。新宿駅でドアが開いた。どうしようかな。一瞬迷ったけれどドアが閉まる前に答えは出ていて、2つ先の高田馬場駅で降りることにした。改札を出て向かった先はRock Bar。
初めてRock Barを訪れた日、少し年上のムラセさんはギターを弾いていた。この日、高田馬場で友人と夕食をとる約束をしていた私は、数日前、ムラセさんとの会話で「その日はRock Barにいるから時間があれば顔を出してみて。」と場所を教えて貰っていた。当日、友人との待ち合わせまで時間があり、Rock Barへ立ち寄ってみたのだ。音楽のロックというジャンルは、中学生の頃、クラスの男の子の家へ遊びに行くと、同級生が数人集まり覚えたてのギターやドラムを練習していたのだけれど、何度聴いても「音が大きくて歌が聴こえないし、よく分からない。」という先入観から、あまり好きではないジャンルになっていた。私がビールを飲み周りを見回す余裕がでてきたあたりで「じゃあ、さえちゃんに一曲歌おうか。」とギターを弾きながら歌ってくれた。そして私は泣いてしまった。割りと涙腺の弱い私を7年前から見ているムラセさんは「さえちゃんが泣くのは250回くらい見ているからね。」と言っていたけれど、確かに心へ響いた一曲だった。それからカバー曲を何曲か聴かせてもらうと、知っているバンドやミュージシャン、口ずさめる曲もあって驚いた。「これってロックですか。だったら私はロックが好きです。」といとも簡単に寝返り、今ではロックを中心とする名曲が聴けるこのRock Barへ来るのが楽しみになっている。

マスターと話していると常連さんがやってきた。私の隣をひとつ空け、椅子へ座る。挨拶もそこそこに海外からくる観光客の話になった。「高田馬場も観光客の外人さんが結構来るんですね。」「この時期、東京はお祭りもたくさんあるし、法被とか着る機会があればもっと喜んでくれるかも。」「焼鳥や串揚げのお店も雰囲気あるし、海外の人もきっと日本の料理を喜んでくれますよ。」そう言いながら、昨年の秋、父と行った焼鳥屋を思い出した。

2017年の夏頃、母から連絡がきた。「10月にお父さんと東京へ行くからね。」「そうなんだ!」東京へ住む姉や私を訪ね、母が東京へ来る機会は多いけれど、父が上京するのは久しぶり。私は、今度父が東京へくることがあれば誘いたいことがあった。だから願いが叶うかも!とワクワクしたし、叶うかなぁと消極的な気持ちにもなった。それは、サラリーマンの聖地と呼ばれている新橋の赤提灯で父とお酒を飲むこと。

私がまだ札幌の実家に住んでいた頃、父とお酒を飲むのが楽しみのひとつになっていた。母が台所で夕食を作っている間、テレビを見ながら晩酌をしている父。「サエコも飲むか?」と聞かれることもあるし「お父さん、何飲んでるの?」と近寄っていくこともある。
父は日本酒を飲んでいることが多く、私も日本酒が好き。サイドボードには綺麗な柄や色んな形のお猪口がいくつもあって、その日の気分に合うものを選ぶ。今日はこれと決めたお猪口を両手でさしだすとお酌してくれる父。じゃあ、お父さんも。そう言いながら今度は私がお酌をする。こんなことが数回続くと、台所から母の声が、文字どおり飛んでくる。「アンタタチ!いい加減にしなさいよ!」父と顔を見合わせ「キタッ!」という顔をした後、大人しくなる。少しすると父が「サエコ、モウチョット。」とゼスチャーでお猪口を指差す。私は頷いて、母に見つからないよう音をたてずに日本酒の蓋を開ける。よし、気づかれていない。そっと父へお酌をして、それではサエコもとあうんの呼吸で注いでもらう。静かに。バレないように。テレビを見ているふりをしながらたまに顔を見合わせ、お酌しあう。そんな風に父とお酒を飲む時間が好きだった。
実家へ電話をして東京での両親の予定を聞いた。ちょうど空いてる日程があってふたりを誘ったけれど、母からは「お父さんと二人で行っておいで。」との返事。母とはまた行く機会もあるだろう。せっかく東京へ来るんだもの。父の好きそうなお店へ一緒に行きたい。でも待てよ。両親は新橋から離れたホテルへ宿泊することになった。ホテルへ戻る時間や体力を考えると新橋へ行くのは難しい。とするとJR高円寺駅の高架沿いあたり雰囲気があってよさそう。そうだ。ガード下では無いけれど何度か行って美味しかったあの焼鳥屋がいい。
10月になり、両親が東京へやってきた。数日、観光をして東京を満喫中の両親。いよいよ、私の願いが叶う日がやってきた。当日は大雨。仕事終わりに父を迎えに行き、タクシーへ乗る。「お母さんも待ってるしホテルへ戻る時間もあるから、1時間くらいで帰るからな。」「うん。分かったよ。」少しの時間だって全然いい。だって、長さじゃない。
JR高円寺の駅前へ降り立つと雨は小降りになっていた。タクシーを降りた父へ「お店はこっちだよ。」と伝える。高架沿いの少し先に焼鳥屋や居酒屋が何軒も並んでいて黄色や赤、オレンジの灯りがイイ感じ。路面が雨に濡れ、遠くに見える明かりがいつもより綺麗に見えた。「あの中に今から行く焼鳥屋があるんだよ。空いてるといいなぁ。」そう言って歩き出したけれど、隣に父がいない。あれ?後ろを振り返ると飲み屋街の入口で写真を撮っている。だよね。写真、撮りたくなるよね。
雨だからか時間が早いのか、いつも混んでいる焼鳥屋は珍しくお客さんが少なく、そのお陰で好きな席へ座ることができた。ここの焼鳥は安くて美味しい。なかでも「シシトウ」は、ヒナ肉がついていて私のお気に入り。
まずは瓶ビールを1本。つづいて焼鳥を数本。もちろんシシトウも。父はお店のなかを見渡して「うん。いいな。」と嬉しそう。顔がゆるんでいる。やった!「お父さん、好きだと思ったんだ。こういうお店。」そう言いながら瓶ビールをコップへ注いで乾杯。父はお通しに箸をつけながら今回の旅行のことや、昔、通っていた居酒屋のことを教えてくれた。そうしているうちに焼鳥がきた。「お。うまいな。」「うん。ここね、前に友達と来て美味しかったから、お父さんと一緒に来たかったんだ。」
父が焼鳥を持ってきてくれた若い店員さんへ声をかけた。頭に巻いている白いタオルが印象的だ。「あの、すみません。札幌から来たもので。娘との写真を1枚お願いできますか。」そういってデジカメを渡し撮影を頼む。2枚ほど撮ってもらいお礼を伝えた。
今度はふたりで日本酒を飲むことにした。そしてモツ煮をひとつ。「お父さん、まだ時間大丈夫?」「あぁ。あと少し大丈夫じゃないか。」「何時までに帰るって言ったの?」「まぁ、少し遅くなってもいいんだ。」そんな感じで時々時間を気にして聞いた。1時間くらいたっただろうか。もうそろそろ帰らなくては。
「お父さん。じゃあさ、あと一杯頼んで、ふたりで半分ずつ飲もうよ。」「そうだな。」お店へきてから応対してくれていた白いタオルの店員さんへ声をかけ、東北の地酒を一杯注文した。すぐに一升瓶を持ってきた店員さんは、つづけてこう言った。「あの。サービスしますので、どうぞお二人で飲んでください。」そういって父と私へお酒を注いでくれたのだ。「いいんですか?有難うございます!お父さん、すごいね。」と感激していると、父も嬉しそうに「これは何のお酒でしたっけ?」なんて日本酒のラベルを見せてもらっていた。父と食べた数本の焼鳥とモツ煮、美味しい日本酒に店員さんの心遣い。滞在は1時間と、少し。大満足の時間を過ごした。

そろそろ時間かな。こそこそと支払いを済ませお店を出た。先に支払いを済ませてあることに父は少し驚いていたけれど気持ちばかりの金額でこちらが申し訳ないほど。帰りはアーケード街を歩いた。高円寺は古着屋、雑貨屋が多いけれど、ラーメン屋に本屋、なんでも揃っている。夜20時を過ぎても昼のように通りが明るい商店街。札幌は中心部まで行かないとこういったアーケード街を見かけることはほとんど無い。私が東京を好きなところのひとつに親しみやすい商店街が多数あること、というのも入っている。
いつもひとりで歩くことの多い商店街。父と歩いているのが不思議でなんだか気持ちがふわふわしていた。閉まっているお店のシャッターに描かれた絵の前へ父に立ってもらい、写真を撮ったり、こういうお店もあってスゴいよね。なんて話をしながら歩いていると「ここら辺の服は高いのか?」と父。「どうだろう?そんなに高くないと思うよ。」日頃、服に興味のない父がどうしてそんなことを聞くのか不思議に思いつつそう答えた。「好きな服を買ってあげるから、なんか選べ。」「えぇ?いいよいいよ。大丈夫。」「いやいや。いいんだ。こういうのはどうだ?」そういって、近くにあるお店の入口に飾られているヒラヒラしたスカートを指差した。確実に私が着ない服。「本当にいいの?」そういった瞬間、眼に飛び込んできたのは私の好きなアジアンティストのエスニックな服が揃っているお店。「お父さん、だったらあのお店が好きだから少し見てもいい?」そういってお店へ入った。何着か見ているとカーキー色の可愛いパンツがあった。きっとお父さんは私が何を見せても「いいな。」と言うに決まってる。父に見せてみる。「お父さん、これはどう?」「うん。いいな。」やっぱり。
試着をしてさらに気に入ったカーキー色のパンツ。お言葉に甘えて大蔵大臣の父に買って貰った。「お父さん、有難う。こういうの欲しかったんだ。」「おお。良かったな。」そしてこう言った。「あれはパジャマか?」いいえ、お父様。あれはズボンです。
父とふたりで服を買いに行った記憶が無いので、もしかすると初めてのことかもしれない。なんだかテンションの上がっている自分に気がついた。今日の一連のことがすべて嬉しかった。父と一緒に行った焼鳥屋は、ますます好きになったし、カーキー色のパンツを見るたびにあの日のことを思い出す。
Rock Barで焼鳥屋の話が出たとき「日本人の父だってあんなに焼鳥屋を喜んだのだから、海外の人もきっと喜んでくれる筈。」と、話をしてみた。マスターは「いい話だねぇ。」と言ってくれ、常連さんは「ウチの娘は連絡もしてこないよ。」と嘆いていた。そして突然、これは記憶の底へ沈めてはいけないことのような気がして急にそわそわしてきた。これ以上、記憶がこぼれ落ちないようにと会計もそこそこにお店を飛び出した。
高田馬場駅前へ着き、新宿駅に向かう電車へ飛び乗った。スマートフォンを取り出しメモ帳へ書きはじめる。文章の出だしはこうしよう。
「仕事が終わり、JR大崎駅から山の手線の電車へ乗りこんだ。」


毎年、札幌の実家へ帰省する。朝起きると、父が豆を挽いてくれる。「好きなコーヒー茶碗を持ってこい。」どれにしようかな。サイドボードには、素敵な柄のコーヒー茶碗がいくつも飾られている。今日の気分はこれ。と決めて父へ渡す。コーヒーの香りが家中を漂いはじめた頃「コーヒーが入ったぞ。」と父の声。みんなで飲むコーヒーも美味しいけれど、そんな時間が大好きです。

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若林 佐江子
若林 佐江子

わかばやし・さえこ/北海道出身。平日はOL、土曜は訪問ヘルパー。休日は山へ登っているか、南三陸・福島・岩手を中心に東北復興のお手伝いをしています。自然、人、温泉、寝転ぶのが好き。得意なことはメカブ削ぎ。夢は東北の方々のお手伝いをしながらレポートし、現地の方のお役にたつこと。

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