salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

晴レルヤ!

2018-10-5
パキラと松ぼっくり。

雨降る朝の通勤途中、駅へと続く道を歩いていると松ぼっくりが落ちていた。
「あっ。松ぼっくり。」思わず声がでた。

勤務先のビルでは、テナントのコミュニケーションを活性化しようと「Travelplant(トラベルプランツ)」というものを取り入れている。仕組みはこうだ。1階エントランスの設置台から好きな植木鉢を選び、一定の期間お世話したあと「すくすく育っています。名前はクールと名づけました。可愛がってください。」など一言メッセージを添え、また設置台へ戻しバトンタッチ。植木はまた違う人の手に渡りビルのなかを旅してまわるというもの。

誰が持ってきたか忘れてしまったけれど、私のいる部署にも小さくて可愛いパキラがやってきた。置き場所は受付のカウンター。毎日、同僚と交代で座っている席の前だ。やはりグリーンがあると癒される。けれど。けれども。育てるのは簡単と言われるポトスでさえ枯らしてしまう私には目の前にあるパキラを育てる自信はまったくない。
しかし心配ご無用。花を育てるのがとても上手な同僚が近くにいるのだ。彼の名は阪下さん。花を育てるだけではなく花を救う救世主でもある。他部署の人が「お花をいただいたのだけれど育てきれなくて。」と、ぐったりしすぎてアウトじゃないかという花を持ち込んできても、阪下さんがお世話をすると不思議と数週間で花は復活、活き活きしはじめる。そしてその花は「もうあの部署へは戻りたくないの。綺麗に咲くのでここに置いて!」と言わんばかりに見事な花を咲かせる。そんなお花男子の阪下さんが近くにいれば、何かあっても大丈夫と安心し私もパキラへ水やりをしてみることに。

すーっと美味しそうに土がお水を吸い込んでいく。あれ?なんか気持ちいい。数回つづけてみるうちになんだか水やりが少し楽しくなってきた。パキラが私を待ってる気さえしてくる。数日すると芽が出て葉ものびてきた。そうするとさらに可愛くなって、気がつくとパキラについやす時間が長くなっていた。まずお水をたっぷりとかけてあげる。葉っぱにホコリがついていては輝きがなくなるのではと濡らしたティッシュで葉っぱを1枚ずつお手入れ。仕上げは念のためもう一度、いい具合だと私が感じるままの水やりを。最後に霧吹きで葉にも潤いを。完璧。

そんな風に水やりをしていて判明したことがある。なんと阪下さんも水やりをしていたのだ。お互い見ていないときに交互に水やりをしていたらしい。1日に。何度も。たっぷりと。
ふと阪下さんが呟いた。「松ぼっくりがあればなぁ。」「え?マツボックリ?」「そう。松ぼっくりがあれば、お水のやりどきが分かるのに。」なんでも松ぼっくりはお水が欲しいとカサが開き、お水をたくさん吸うとカサが閉まるので、すべての植物に当てはまる訳ではないけれど、土が乾いてきたら松ぼっくりが開いていくというように、お水のやりどきが視覚化されて分かりやすく植木鉢へ置く人も多いらしい。

確か去年の12月に部屋へ飾っていた松ぼっくりがどこかにあったはず。本当にあの水分を微塵も感じられない「スイブンッテ ナニ?」と言いそうな松ぼっくりで良いのかと半信半疑だったけれど、翌日職場へ持ってきた。「これでいいの?」カバンから生気をまったく感じられない松ぼっくりを出すと「そう。これこれ。」と嬉しそうな阪下さん。
早速、パキラの根元近くの土へ少し押すように松ぼっくりを置き、植木鉢全体にお水をかけた。そして松ぼっくりにも。..10秒…20秒…変化なしや。やっぱりこの松ぼっくり、死んでるんじゃありません?
仕事が一段落して、ふとパキラを見た。そして松ぼっくりも。おおおおっ!なんということでしょう。松ぼっくりのカサが閉まっているではありませんか。興奮。キレイにカサを閉じ「オミズハ モウ イラナイヨ」のサインを出しているのだ。ひゃぁ。松ぼっくりってすごい!
それから毎日、松ぼっくりのカサが開くたびパキラへ水やりをするふりをして、松ぼっくりにお水をかけて楽しんだ。パキラにいたっては、みるみるうちに変化が見られた。次々に新しい芽をだしたかと思えば、ほんの数日でライトグリーンのやわらかい葉を広げるのだ。そのたびに阪下さんと「見て、こっちにも新しい芽がでてる。」「ほんとだ!ここにもついてるから今、新しい芽が3つもついてる!」と喜んだ。私たちよ、仕事はどうした。

他部署の女性が仕事の話で受付カウンターへやってきた。帰りがけにトラベルプランツの植物を育てているけれど、やっぱり悩みは「お水のやりどき」が分からないとのこと。どのように確かめてるんですか?と聞くと、土に人差し指をさしてみて「そろそろかな?」と料理の味見一歩手前みたいなことをして、水やりをしているというので、その女性に我が家の松ぼっくりをあげた。これでもう人差し指が土で黒くなることはないだろう。

2年前から毎週土曜日、本業とは別に訪問ヘルパーをしている。独り暮らしのスドウさんは花が好き。だけどやっぱり植木鉢への水やりのタイミングに困っていたので翌週、スドウさんへ松ぼっくりを持っていった。生気を感じない松ぼっくりを取りだし、植木鉢の土に置いてお水をあげた。半信半疑で見ていたスドウさん。掃除が終わる頃ふたりで確認しにいくと、期待どおり松ぼっくりはギューッとしまっていて「これはすごい。」と喜んでいた。ドヤ顔の私。
それからことさら、スドウさんはその植木鉢を大切にするようになったけれど毎週土曜日は何故か私がスドウさんの植木鉢に水やりをする係になった。掃除の前に植木鉢にお水をたっぷりあげ安全な場所へ移動、終わると日の当たる縁側へ置くのだ。もっぱら松ぼっくりにお水をあげていたけれど。

そんな風に周りの人へあげていたらお家に松ぼっくりが無くなってしまった。もっとたくさんの人にあげたいな。そう思っていたら、イイコトを思いついた。そうだ。土曜日は訪問ヘルパーという仕事がら電動自転車を借りている。大きな木がたくさんある公園のなかを通ってみたり、落ちていそうなところを探せばいいんだ。そう思ってゆっくり自転車を走らせて探したけれど見つから無くて。随分たってから、松ぼっくりは「松の木の実」であることに気がついた。あんなに木が大きいのだから松ぼっくりがあるだろうってだけではダメなのだ。
  
そんなとき、ゆる山登山部で山へ登った。どこの山か忘れたけれど松ぼっくりがたくさん落ちているのを見つけ、ひゃーひゃー言いながら拾いビニール袋にいれた。松ぼっくり拾いに夢中になっている私に部員たちは少し困惑気味だったけれど探し続けていたものがたくさんあって、それはそれは嬉しくて仕方なかった。今、我が家では松ぼっくりたちが生気のない顔でイマカイマカと自分たちの出番を待っている。

職場の小さくて可愛かったパキラは、今も阪下さんが上手に育ててくれている。大きな植木鉢へ植え替えをし新しい土と栄養剤まであたえてもらい、受付カウンターの上に乗らないほど成長をした。今も新しい芽をつけ、ライトグリーンの葉は風にそよそよと気持ち良さそうに揺れ私たちを愉しませてくれている。
2週間ほど前、新たにチビッ子パキラをもらってきた。もちろん、植木鉢の上には松ぼっくり。チビッ子パキラの成長も楽しみだけどやっぱり閉じたり開いたりしている松ぼっくりに水をかけるのは楽しい。

朝の通勤途中で見つけた松ぼっくり。落ちていた場所は先日、銭湯を探していたおっちゃんと出会ったあたりだ。こんなところで松ぼっくりに出会えるなんて、もしかするとおっちゃんからのお礼かな。なんて思ったり。

朝の雨にうたれていた松ぼっくり。
「オミズハ モウ イラナイヨ」とギューッとしまっておりました。


松ぼっくりのスゴさを知ってから、松ぼっくりを中心に写真を撮ることも。
写真は筆者お気に入りの1枚。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

2件のコメント

松ぼっくりとかどんぐりとか、それでなくても思わず集めたなってしまう名前ですよね。ましてや、そんな立派な役割を果たしてくれるのなら、集めるしかありません。早速試したくなりました。すぐにドヤ顔したくなります。どんぐりは集めてこけしみたいな人形つくったり、知らぬ間にネズミにかじられ、役に立ちますが、松ぼっくりは転がしておくばかりでした。長生きはしてみるものです。新しいことが、まだまだいっぱい。それにしても、グリーンの育成より、松ぼっくり集めに、もはや重心が傾いている様子が愉快です。以前、メダカを飼い始めて、産卵を助けるためにホテイアオイを育て、水の浄化のためにタニシを川や池からとってきて集めたら、どちらもものすごい勢いで増えて、結果メダカも売るほどふえて、収拾がつかなくなりました。仕事する間もなくなりました。松ぼっくりの集めすぎにならないように、少しは注意が要るかもしれません。けれど私は、明日からきっと、松ぼっくりを集め出す気がします。「不思議な松ぼっくり」と名付け、ネット販売する計画です。一ついくらにしましょう。巨万の富を得たら、日本松ぼっくり党をつくります。政治活動はしません。なんとなく、そんな党をつくります。きっといいことが起こるはずです。

by EN - 2018/10/06 1:27 AM

ENさん
コメント有難うございます!
甥っ子が小さい頃、どんぐりを探すというので一緒に探していると
「どんぐりの帽子、どんぐりの帽子。」とどんぐりだけではなく、帽子も一緒に探していて「あぁ、なんて可愛いんだろうっ。」と思ってから実はどんぐりも大好きです。
ENさんがメダカを育てたときのお話を読ませて貰っていて
なんて面白いんだろうと思っていたのですが、
私も松ぼっくりをひゃーひゃー言いながら集めていたのできっと
仕事へ出かけず、公園や山へ探しに行き始めるかもしれないので
気をつけないとと思っています。不思議な松ぼっくりいいですね。
買ってくれた人には一緒にどんぐりと、どんぐりの帽子も
プレゼントしたいところです。

by さえ - 2018/10/09 7:05 PM

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若林 佐江子
若林 佐江子

わかばやし・さえこ/北海道出身。平日はOL、土曜は訪問ヘルパー。休日は山へ登っているか、南三陸・福島・岩手を中心に東北復興のお手伝いをしています。自然、人、温泉、寝転ぶのが好き。得意なことはメカブ削ぎ。夢は東北の方々のお手伝いをしながらレポートし、現地の方のお役にたつこと。

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