salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

悩む人

2017-09-5
二人で修行

「旦那さんがよく我慢している。」
このあいだ友人がポロリと言った。そういう言葉は結構聞き慣れている。結婚してからに限ったことではない。学生時代にも、非常に優しい男性と付き合っていた際はそんなことを言われた。随分歳上の人とお付き合いしていた時は、向こうも気が強かったからそうでもなかったけれど、その場合はお互いが言い放題だからしょっちゅう衝突していた。

「普通は我慢するんだよ。なんなんだよって思うけど、自分の心にしまえるんだよ。文句言うならせめて可愛く言ってよ。」そんなことを夫は言う。彼はわたしと正反対の人で、プライベートでは特に人と揉めたくない、それどころか出来れば関わり合いを持ちたくない、喧嘩するくらいならグッと目を瞑り理不尽にも耐える。そんな人だからこそ、わたしも激情出来るのだろうか。

激情。本当に、結婚してからは「イライラ」どころではない感情がたくさん生まれるようになった。それも頻繁に。極道の妻のような声が自分から出ることも知った。

こんなわたしだって少しは我慢しているのだが、根本的に我慢は身体に良くないと思っている。「期待するからガッカリするんだ。」「言っても無駄だし逆に疲れる。」そんな意見もあるだろう。堪忍袋は結婚の三種の神器だし、耐え忍ぶことももちろん大切だろう。だけど、疲れ知らずでいちいち伝え続けることだって生き方だし、わたしの在り方だ。

いつも黙り込み、サンドバッグのようになっていた夫も最近は言い返してくるようになった。溜め込んでいたものを引き出しから次々に出してくるから憎たらしい。つまり、黙り込んでも言い返しても、結果は変わらない。最近ヒートアップしたのは、妊活についてだ。

身体を温めることを意識したり、病院に通ったり。結婚当初から努力はしてきたけれど、それが逆にストレスなのかもしれないと、数年前からは妊活を休んでいた。流産で悲しい思いはしたけれど、何度か自然妊娠もしたので、いつか授かる可能性にかけてきた。けれど、不妊治療してきた友人の紹介で鍼に通う気になり、区の婦人科検診で訪れた病院の先生が良い方だったこともあって、もう一度頑張ろうと思った。

鍼の先生の勧めで、いままで諦められなかった「禁酒」を始めた。甘い物を控えることも、少し我慢すればよかった。けれど、真夏に冷たい飲み物を飲まないように気をつけるのが非常に辛い。それでも、例え努力が妊娠に繋がらなかくても、体質が改善されるなら儲けものだ。高額なお金を支払い治療するステップに進むにはまだ覚悟が足りないけれど、今出来る努力を続け一ヶ月半。産婦人科の先生から「ここがチャンスだよ。」と言われたことを夫に伝えた。

その日は仕事のあとにヨガに行った。いろいろやらないといけないことは溜まっている。けれどオーバーワーク気味だと言われていたので、帰ったらリラックスして早めに寝ようと思っていた。夫からは、わたしより先に帰宅したと連絡があった。夕食を準備して待っていてくれてるのかも、なんて期待して帰った。

家には期待通り台所に立つ夫がいた。しかし、顔は浮かなかった。どうやら最近仕事が忙しいらしく、疲れている。先週末にひいた風邪もなおっていないし、薬の影響で眠いと言う。それがなんだかわたしには、夫が義務感とプレッシャーで押しつぶされそうになっているように見えた。

でも、わたしはこの数週間、随分頑張ってきたのだ。とにかく、プハッと冷たい泡ものを飲めない日々が辛かった。夫に優しくする余裕はない。むしろ、わたしが労われてもいいはず。今求めているテンションはアゲアゲ。元気がないのはもちろんNG、通常モードでも足りないくらいだ。今日ばかりは演技であっても、ウキウキした風に見せてもらいたい。月に一度のチャンス、30代最後の機会、そしてこの先は限りのあることなのだ。わからないの!?

そうして、わたしたちは自滅した。

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疋田 千里
疋田 千里

ひきた・ちさと/1977年京都府生まれ 現在東京都在住。高校・大学と写真部。カメラマンアシスタントを経て2003年よりフリーランス。クライアントワークスとしてのポートレイトや料理撮影に加え、日常や旅先の光景を写真に残す。

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