salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

悩む人

2016-12-5
やらないこと出来ないこと

今年は一年駆け抜けた。一月から毎月どこかで写真展を開催すると決め、クライアントワークを受けつつ、ライフワークとして撮った写真を発表し続けた。正確には、昨年の十二月から始めたツアー。各会場の店主と相談し、イベントも企画しては準備、片付け、次の準備、片付け、、、本当に目が回るような毎日だった。

10代の頃はバイトと旅に明け暮れ、20代は必死に仕事し、30代の半ばから年に数回展示をするようになった。同時に暇さえあれば飲み会を開催していたし、映画や演劇などエンターテインメントと呼ばれるものからは、何かを吸収しようと貪欲に求め続けていた。わたしはずっと、忙しくはしていたのだ。

そこへさらに負荷をかけようと思ったキッカケ、それが実はポジティブなものではなかった。ある時友人に言われたのだ。「せわしなくて、周りが疲れる。」「やらない、という選択も人生には大事なのだ。」それまでわたしに負けず劣らず活動的だった彼女だけど、出産を機に選択を迫られることが増えたのだと思う。

その言葉を素直に聞き入れられる人であれば、どんなに良いだろうと思う。ほんとだね、助言をありがとう、そう言える人だったら。しかしわたしは全く逆行してしまう。わたしはこうしか生きられないのだからと反発し、走り始めた。

春には、背中の痛みを覚えた。免疫が下がり、しょっちゅう風邪をひいた。原因不明の吐き気に襲われた秋も本当に辛かった。マラソンでいう一番苦しい地点なのだから、ここを乗り越えたら大丈夫、ゴールしたら心ゆくまで休もう。そんなふうに自分に言い聞かせた。

気がついたら、出来ないことがたくさん増えていた。「丁寧に返事する。」とか「誕生日を祝う。」とか「マメに顔を出す。」とか。やらない、ではなくて出来ない。でも、意外に何も問題なかった。これまで、ずっと気にしていたことが案外どうでもよくなった。小さなことでクヨクヨする時間も減ってしまった。身体はボロボロになったけど、ちょっとだけ精神は楽になった。えらい大変だったけど、毎月の写真展で出会ったことや経験は確実に自分の血となり肉となっている。

そういえばこれまでだってそうだったのだ。失恋や友人の死を機に一大決心してカメラマンの道を選び進んだ。悔しさ、哀しみ、怒り、苦しみ。ネガティブな感情が生み出すパワーも実は侮れないし、「やらないこと」と「出来ないこと」の境界線は何かを必死にやってみたら見えてくるものなのかもしれない。友人の言葉が腑に落ちたのは、彼女がそんなこと言ったっけ?と忘れるくらいの時間が必要だった。

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疋田 千里
疋田 千里

ひきた・ちさと/1977年京都府生まれ 現在東京都在住。高校・大学と写真部。カメラマンアシスタントを経て2003年よりフリーランス。クライアントワークスとしてのポートレイトや料理撮影に加え、日常や旅先の光景を写真に残す。

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