salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

平気で手を離してまた会いたい

2011-10-3
AIR JAM 2011

9/18(日)、AIR JAMというイベントに行って来た。
これはパンクのLIVEで、ハイスタンダードを筆頭に15バンドくらい出るもので、とんでもない確率の抽選に当たり幸運にも行くことが叶った。正にGOT LUCKY!!だった。

会場は横浜スタジアムなので、フィールドがスタンディング(モッシュ&ダイブしたいひとはこっち)、客席はスタンド指定席とファミリーシートという区切りで、なんか張り切ってそのいちばん激しいこと間違いなし!のフィールドに応募したら見事に当たった。
一緒に行こうねと言ってた友達にもあがめ奉られるくらい喜ばれてワーイ!ってなっていた。
弟も当たったと言っていたので早速「私アリーナ席当たったの」と報告したら、「身の程をわきまえろ」とひと釘刺されて我に返った。そうだった、私、体力無いや……。それですっかり、嬉々とするのと同時に怖じ気づいていた。

そこでまたGOT LUCKY!!なことに、一緒に行く友達の彼氏が「指定席当たったけどほんとはフィールドがよかった」という話。ここぞとばかり、当日交換して貰うことに決めた。
彼は非常に喜んでくれて、ここでも再度、あがめ奉られるくらい喜ばれた。弟にそう言ったら「うむ」みたいな感じで正しい判断と評価してくれた。友達が横浜に住んでいるので、前日にチケットを渡しに行ったらタタタ…と小走りにやってきて「コレ!!」と渡してくれたのが、AIR JAMのTシャツ。いつの間に買ったんだろう、凄く嬉しかった。

そして当日。
勿体ないのでTシャツは後半、マキシマムザホルモンの前に着替えちゃうぞ〜と、着ずに大事に持って行った。私は浮かれてiPhoneで横浜スタジアムじゃなくてアリーナを検索していたようでそっちに行こうとしていた粗相。浮かれていると、何をするか判らないものです。
スタジアム最寄りの改札を出たらもう既に混雑エリアにつき電波がなくて、でも彼女に運よく会えていざ会場へ!またもや準備よくその子が「はいコレ!!」とハイネケンを恵んでくれて、ウキウキでスタジアムに入ろうとしたら、「缶ビールは持ち込み禁止なので…」というストップが掛かり入り口付近で一気飲みを早速かますことに…。

そして始まりました、HUSKING BEEのイッソンのバンド。ハイスタもハスキンもブラフマンも高校生のときよく聴いていて、ここにeastern youthが居ないのが不思議だった。次のLOW IQも凄く良かった、そしてやっぱり男前!でもあんなによく喋る面白可笑しい感じのひとだったとは知らなかった。

昼になってじゃあどっかに食べに行こうと、男子2人と合流しチョイト中華街に連れてってくれるということで会場を出ようとしたら、バッタリ弟に遭遇。「おい!」と肩をたたいてしばしの邂逅も束の間。男子たちは美味しいとこにちゃんと連れてってくれて、とっても頼りになるサッパリしてていい子たちだった。

(多分、この間Murphy’s LawがパワーポップバンドRezzilosのカバーSomebody’s gonna get their head kicked in tonightをやったらしいが見逃した)

会場に戻って何バンドめかにやっていたTURTLE ISLAND、その日まで知らなかったけど凄く感動した。MATSURIな感じで和太鼓とか笛とか大所帯のバンドで圧巻だった。なんで、ソウルフラワーユニオンとか、向井秀徳とかPOGUESとかFLOGGING MOLLYとか、MATSURI要素が入ってるとあんなに魂が揺さぶられるんだろう?

この後から私の体調がおかしくなってくる。頭痛が凄くてぼーっとしてきた。
でも待ってました、マキシマムザホルモン。これやらなかったら拗ねちゃう、と思ってた「恋のメガラバ」で始まってBluehearts「皆殺しのメロディ」と嵐の「A・RA・SHI」をカバー、とんでもない楽しさだった。終止、スタンディングエリアが地獄の亡者どもが地獄祭を開催してるかのように赤黒くヘドバンのA・RA・SHIだった。凄かった。あんな光景初めて見た。
その後ブラフマンで高校生のときの友達や部活やにきびがあったこととか沢山思い出し、あの地震のことにも思いを馳せ涙が出そうだった。トシロウが神様降臨のように見えた。彼が前ラジオのゲストで震災復興支援をしてる話をしてて、「マジで腹立つんだよ」と口汚く行政を罵っていた。あのひとみたいなのがその調子で正しいことを信じて行動していま歌ってるんだなあと思うとその素直さに胸が熱くなった。そのひとつの結果としてここで11年ぶりにイベントが開催されて、こんなにパンクキッズが集まってウワア〜!ってなって、思いって叶うものだとも実感した。

ハイスタまでもう会場のテンションが温まりきって行き場を求めた結果、巨大ウェーブ遊びが何往復か行なわれ、そのうち逆からウェーブ返しが来たりしてすごく楽しかった。みんな待ちきれてない。カワイイ。私は私で頭痛という別の戦いも同時にしていた…。嘆。
ハイスタが始まったら、それまでスタンディングでしか見られなかったペットボトル飛びがシート席でも起こって、なんだかもう感動の渦の爆発がスタジアムじゅうに満ちて言い知れぬ多幸感だった。遠目からでも、アリーナの男子たちがぎゅうぎゅうになってギャアアッと喜んでいるのが判る。すごい人数のひとが、活動休止していた彼等に向かって「待ってたよ!」「待ってたよ!」という感じで凄い笑顔。こんなにいちどに沢山の幸せそうなひとを見たのは初めてだった。ハイスタも往年の名曲ばっかりやってこれぞ!やってくれるね!という感じ。アンコールが終わってもそれを惜しむようにMosh Under The RainbowのSEで、アリーナでは大きな輪っかができてぐるぐるやっている。本当に幸せなシーンをいっぱい目撃した。

すべてが終わって、感動も頭痛も最高潮。せっかく超絶感謝してくれてる男子二人が、中華街で晩ご飯を接待してくれたのに全く食べれなかった。ゴメンネ…………嘆………。でもこんなに喜んでくれて疲れてるけどハッピー顔をしてくれてる彼等を見てるだけで、私はそれだけで幸せだと思った。そんな思いとは裏腹、吐きそうではあったけど。あのままチケットを取り替えっこせずにスタンディング席を選択していたら私は、少なくとも担架で病院送りだったんだろうなあ。
その後しっかり車で家まで送り届けてくれて、その間私がうつらうつらしてたまに起きると彼等が今日の話を楽しそうにしてたり、関係ないいつもの会話らしいことをしてたり、ハイスタかけて歌ったり、終止この子らの斜に構えたところのなさは素晴らしかった。こういうサッパリ気持ちのいい男子はいい。そういう君らが今日の日を待ってたんだねと思うといじらしく、また胸がいっぱいになった。

AIR JAM、ハイスタ、トシロウ、友達、その彼氏と友人、沢山の幸せそうな顔をしていたひとたち、本当にありがとうございました。私は素直にシンプルにあんまり表裏なく、自分の満足と誰かが喜んだりああよかったと思うためにこれからも生きていこうと思った。
超微力だけど、チャリティCD「PUNK SKA UNITY」買って、パンクで震災復興支援も忘れず。

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1件のコメント

筆が立ちますね。
あの日が蘇ります。
これからも、あがめます。

by chiaki - 2011/10/04 2:38 PM

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コメント


trapeze
trapeze

1983年生。グラフィックデザイナー、イラストレーター。iPhoneとiBookを所持している以外は滅法旧弊。これといって趣味は無く、強いて言うなら…読書…なのかしら…今年の目標は「自信」「リラックス」「素直」の三本立です。

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