salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

気になる映画で「恋愛」を考えテーゼ!

「極めて美しく、静かで、危うい、
普遍的な愛と狂気の物語」



映画『朱花(はねず)の月』を観た。


舞台は、奈良県、飛鳥地方。
この奈良という独特の土地には、何か人を引きつける恐ろしいまでに深淵な重みがある。


あの何とも言えない密度の濃い空気。古代の大陸の影響が残り、今もなお人々がその太く大きな時間の中で連綿と受け継がれた命の時間を生きているかのような大地の力。
子供の時は、あの静かで地味で何も動かない町や土地の保守的な雰囲気が苦手であったが、大人になるにつれ、次第に印象は変わっていった。


訪れる度に、たかが数十年しか生きていない自分がとても太刀打ちできそうもない歴史の圧倒的存在感に魅せられ、自然と目に見えない大いなるものへの敬いと畏れを感じずにはいられない場所。
そんな奈良でも、とくに古代の趣が残る飛鳥地方を舞台に、主人公、女一人、男二人の恋愛模様が、河瀬流とでも言える独特のタッチで描き出されている。


主人公である染色家加夜子、編集者の恋人哲也、加夜子の愛人で同級生の木工作家拓未。
登場する三人は、どこにでもいる普通の人々だ。特別な成功者や圧倒的な人格者でもなく、多くの人々と同じように、ただこの与えられた命の時間の中で生き、それぞれの想いを紡いでいる。


奈良という土地柄がそうさせるのか。誰も何も起こそうとしない。皆が受け身に見える。
彼らの人生には、この地で、ただ何かを待つ信仰的なまでの生き方と、現代の人間としての能動的な生き方という相反する流れに、三人が三人ともに、迷い、損失し、どこかで諦めにも似た憂いを含んでいるようにも見える。


人は生きているのか、生かされているのか。
それは、古代に生きた人々もまた、この奈良・飛鳥で同じ想いを抱いていたかもしれない。


加夜子の自らの欲望と愛を求める情熱。
哲也の内在していた恐れと不安が駆り立てた選択。
拓未のただ自身の世界のみで生き続けたいとする生き方。
盲目的な危うさに満ちたそのすべては、日常の中で行われ、またそれこそが三人が三様のそれぞれが生きている証として無意識的に求めたものと言えるのではないだろうか。


誰もが劇的な人生を歩むのではない。日々の暮らしと時間の中で、それぞれの時と選択を生きるのだ。
女として、男として、人として、何かを愛し、憎み、やがて物語は必ず変化していく。
一瞬のときを永遠につづけることはできない。
加夜子が魅せられた、褪せやすいがゆえに貴重とされる朱花(はねづ)色は、そのすべての象徴として朱に染まり命を生きる。


またひとつ、儚さと尊さが入り交じる広大な古(いにしえ)の時間の中で、愛するということが強力な命の証と信じた男女に生まれる、小さな悲劇。
その悲劇さえも内在し、これからも続いていくであろうこの地の流れは、この映画のもうひとつの主人公でもある。


『名も無き無数の魂に捧ぐ』


エンドロールで流されるこの言葉は、時代を超え日々日常を生きる人々の普遍的な想いや感情をすくい上げ、現代に生きる我々に伝えたいと願う、河瀬監督の想いそのものでもあるのだろう。


物語としては、正直分かりにくいかも知れない。
幾通りの解釈も出来ると言われればその通りだし、主人公の三人の職業的・社会的背景があまり映し出されないため、現実的な人間像が捕らえにくくなっている。
また、物語は現代と過去、そして古代の三層の時間軸で進むのであるが、予備知識がないとこの古代の物語には気づかないかもしれない。
個人的には、過去と現代が交差するシーンで、より視覚的演出があればもっと観客は物語に入りやすかったのではないかとも思うし、基盤となる「朱色(はねず)」色が、もう少し強烈な印象を持って出てきて欲しいとも感じてしまった。


いや、もしかするとその控えめさ加減が河瀬直美の世界、色なのかもしれない。
まるで、ドキュメントのようなリアルな映像と飾り気のない世界に、説明や饒舌な表現は似合わないのだろう。
人物の背景や辻褄合わせやストーリー以上に、古から続く人間の性(さが)、愛、狂気そのものが語る苦しいほどの想い、その繊細で微弱なメッセージが発する物語を感じ取れるか否かは、観ている私たちが試されているのかもしれない。
加夜子や哲也や拓未を自らと重ね合わすとき、時間を超え、自己を超え、思いも寄らぬ自らの感情と出会うかもしれないのだ。


そう、これは現代の寓話なのである。
極めて美しく、静かで、危うい、普遍的な愛と狂気の物語なのだ。

アラキランプ
河瀨直美監督 最新作
『朱花(はねず)の月』
9月3日より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

(C)2011「朱花の月」製作委員会

<Information>
●渋谷ユーロスペースにてイベント開催
日程:9/23(金・祝)~24(土)、10/2(日)

【9月23日(金・祝)】
・12:30の回「上映後」 河瀬直美監督とのQ&A「河瀬直美流恋愛講座」
※終了後サイン会を予定しています
・15:00の回「上映後」 河瀬直美監督ミニトーク&サイン会

【9月24日(土)】
・10:30の回上映「前」 河瀬直美監督 舞台挨拶
・12:30の回「上映後」 河瀬直美監督、こみずとうた(主演)、ハシケン(音楽)によるトーク&「愛しるべ」熱唱

【追加決定!】
10月2日(日)12:30の回上映後には、明川哲也(哲也役)が登壇します!

詳しくはこちら

●「河瀬直美レトロスペクティブ2011」開催!
日程:9月23日〜10月7日

渋谷のオーディトリウム渋谷にて、最新作『朱花の月』公開を記念してこれまでの河瀬監督作品が上映されます。
河瀬作品で見逃せない、もっとディープで究極!?の恋愛映画「火垂2009version」は、『朱花の月』の姉妹作です。

詳しくはこちら

考えテーゼ!バックナンバーへ

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

コメントはまだありません

まだコメントはありません。よろしければひとことどうぞ!

コメントする ※すべて必須項目です。投稿されたコメントは運営者の承認後に公開されます。


コメント

バックナンバー