salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

白線の裡側まで

2011-02-21
毎日幸せなアナタ!
言霊調査にご用心。

ウソや冗談で口走ったことが現実になり、夢や希望を言い続けるとチャンスや出会いに恵まれる。そういう言葉の念力、神通力、言葉に宿る不思議なパワーをわたしたちは「言霊」と呼び、目には見えないけれど確かに「そういうことはある」と信じられている。

しかし近頃、畏れ多くもこの「言霊」をいつでもどこでも手軽に便利に使いまくる恐れ知らずな言霊スピーカーが増えている。たとえば最近の女性アイドル、若い女性や主婦のブログ、コメントを見ると「毎日感謝です!」「今日も最高に幸せな1日でした!」など、まるで良い言葉を発すれば良いことが起こるといわんばかりに、キャッチーでハッピーな言葉を振りまいている。大いなる言霊の力を個人の幸福維持、拡大展開に活用しようなど、その無邪気で無防備なめでたさはいったい何なのか。

百歩譲ってやさしめに見れば、単なる感激屋さんなのかもしれない。が、それにしても言い過ぎではないか。寝て起きて働いて家に帰ってビール飲んで風呂入って寝るという平凡なヒトの日常に「今日も幸せでした!」としかいえない感無量な喜びやハレの瞬間など、そうそうあるものか。 毎日毎日いったい何をそんなに受賞しているというのか。

思い起こせば20年前、自分がナインティーンの頃。世は一億総浮かれポンチなバブル期で、誰もがポジティブで幸せな言葉を発していた時代だった。欲望エンジン全開で成り上がるオッサン、ヴィトンやシャネルのブランド物を買い漁る身の程知らずなオバハンたちの口グセは「ええ時代になったもんや」。誰も彼もがあいさつ替わりに幸せの言霊を交わし合っていたものである。しかし「ええ時代や、ええ時代や」の大反響の後にやってきたのは、バブル崩壊、景気低迷、企業倒産、リストラ、失業、派遣切り、格差社会・・・・何が幸せかわからない「混迷の時代」である。つまり何でもそうだが、言霊にしても調子に乗って考えなしに使いすぎると後でツケが廻ってくるわけである。

そもそもわたしは、人間の一生に与えられた幸福・不幸の量は、誰もが等しく一定なのではないかと、ヘンな考えを持っている。人生1度きりと命燃やして、命削って壮絶に過激に生きる人ほど寿命の消耗が激しくなるのと同じイメージで、平素からやたらと幸せ、幸せと騒ぎ立てるほど、幸せの持ち分が目減りする。宝クジに当たった人の多くが想像以上に幸福ではない事実もなるほど、一生分の幸せをたった一度で使い果たしたのだなぁと考えれば、妙に納得がいく。

というのも、この世には天使か妖怪かよくわからないが、言霊調査員みたいなちっこい神さんがうごめいていて、電気メーターの訪問調査さながらにわれわれ人間の「幸福量調査」を行っているからである。つまり四六時中、のべつ幕なしに幸福じみた言葉を放出していると、早い段階で既定の幸福量が消費され、残っているのは不幸だけということになりかねない。いくらクレームをつけようにも、相手が見えないだけに泣き寝入りするしかない。

というようなセコくてみみっちい独自の発想から、どうあがいてもそれ以外に言葉が見つからない、その後どんな不幸が訪れてもしかたがないと観念するようなよほどの歓喜でない限り、幸せをクチにするなどともったいなくて恐ろしくてできないわたしである。

さらにわたしが言霊を恐れる理由はもうひとつ。言霊に重きをおくと、目の前の人間にほんとうに伝えたい言葉そのものが軽く薄っぺらくなるような気がするからである。うれしい、楽しい、幸せ、素敵、素晴らしいという「いい言葉」に頼り過ぎると、何がどう嬉しいのか、その嬉しさとはいったいどういうものかを人に伝える表現方法に苦心することができなくなる。それもやはり、人としてもったいないように思うのだ。

なぜなら、実際にこれまで遭遇した言霊スピーカーな人々の言葉に、わたしは一度として考えさせられたことがない。1mmたりとも心が動いたことがない。大概そういう人は、いい言葉を言えばいいと思っている。けれど「いい言葉」というのは、ほとんど見るべきところがない。ザラザラ、ドロドロ、ヒリヒリする生身の手触りが感じられない。言葉も表情も、どこかつるっと、のっぺりした印象なのだ。
いわば幸福なストーリーは「よろしおすなぁ」のひとことで片が付くが、不幸なストーリーはやたら後引く余韻と複雑な疑問を残す。つまり「いい言葉」や「幸せな話」だけで複雑怪奇な人の心に分け入りアプローチしようというのは、それこそ富士山にコンバースで登るような「考えなし」の無謀なアタックではないか。ゆえに、わたしは日頃からできる限りいいことは言わないよう、努めて汲々と切羽詰まったクチ振りで、言霊調査員に目を付けられないようこっそり過ごしているわけである。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

2件のコメント

コマーシャルなどの歌い文句に

たまに騙されます。

コピーライターさんがいい仕事しすぎだから。

言葉は魔法。素晴らしい結果を起こしたり。

呪いになったり。パプーン。

by Yosea - 2011/02/21 2:37 PM

最近他人のブログや発言などを読んでいて感じる
お尻がむずむずするような居心地の悪さは、
この辺りに原因があるんだろうなーと非常にスッキリしました。
先輩、さすがです!

by mh - 2011/02/21 10:25 PM

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Ritsuko Tagawa
Ritsuko Tagawa

多川麗津子/コピーライター 1970年大阪生まれ。在阪広告制作会社に勤務後、フリーランスに。その後、5年間の東京暮らしを経て、現在まさかのパリ在住。

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